投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

『ITUKI』
【純愛 恋愛小説】

『ITUKI』の最初へ 『ITUKI』 13 『ITUKI』 15 『ITUKI』の最後へ

『ITUKI』-14

彼女はといえば何が面白いのかニコニコした表情をこちらに向けていた。
笑っている場合じゃないというのに。
彼女の笑顔とは対照的に僕の気持ちは沈んでいった。「なによ、憧れの人と席を並べてるのよ。もう少し嬉しそうにしたら?」
「無理だよ」
僕は目をそらしながら呟いた。空元気をだしているいつきの姿に耐えられなくなってしまった。
「・・・二条さんの、意識が戻りそうなんだ」
僕はさっきの電話の件を手短に話した。話してる間中、いつきはずっと無表情だった。

「それでどうしたの?」
うなだれたままの僕に彼女の小さな声がかかった。
顔を上げると、目の前にいつきの真剣味を帯びた瞳が近づいていた。
「その電話を聞いて、どうして貴方はここに来たのよ?」
畠山からの電話を受けたとき、最初に僕の脳裏に浮かんだのは二条さんではなかった。
それは決して、同情でも義務感でもない。
代わりでもない。
だからいつきを前にして、すっと自然に言葉が出た。「いつきが好きだから」
僕ははっきりと迷いなく言った。
「嘘でしょう?」
「俺は隠し事はしたけど嘘はつかないよ」
いつきは少しはにかむような笑顔を見せた。
「ありがとう」
僕は彼女を腕のなかに納めようとぎゅっと引き寄せた。いつきの体は軽かった。簡単に僕に身を預けながら、彼女の肌が驚くほど白くなっているのに気付いた。それがいつきの最後の光だった。
「私、今生きてるってすごく感じるの。 だって、こんなに胸が熱いんだもの。宏和のおかげだよ」
いつきは微笑してじっと僕を見上げてから言った。
たぶん僕は彼女のこんなところが好きなのだろう。
「いつき」
「なーに?」
「お願いがあるんだ」
「なに?なんでも言って」「どこにも行かないでくれ」
いつきの表情が固まったように見えた。
「ずっと、貴方の傍にいるわ」
そう長くはない、と互いに感じ取っていたのかもしれない。
それでも僕達は約束した。「じゃあ、私もお願いしようかな」
「わかった、いいよ」
「目を閉じてくれる?」
僕は頷いた。彼女の言うとおりにしようと思った。
瞼を閉じるとき、いつきの目から涙が零れていたような気がした。
次の瞬間、唇に暖かい感触が宿った。
「サヨナラ・・・」
そして、落ちていく太陽と一緒に、いつきがいなくなった。

エピローグ


駅のホームに降り立つと、暖かな日差しに目を奪われた。
四月に咲いた桜の花は早くも散りはじめては、足元にちらほらと落ちている。
改札口を抜けると待ち受けたように一台の車が停まっていた。
窓が開いて畠山が顔を出した。
「待ってたぜ。病院まで送ってやるよ」
頷いてから後部座席に乗り込むと、車はゆっくりと走りだした。

久しぶりに、この街に戻ってきた。
ずっと家にひきこもったまま、ぼんやりと時間だけ潰していく僕を見兼ねた畠山が、一本の電話をくれた。
二条さんの退院の日が、正式に決まったらしい。
彼女が目を覚ましてからというものの、僕は見舞いに行ってなかった。
どうしても、行く気になれなかった。
「どうだ、大学の方は?」「ん、ああ・・・。うん。ちゃんと行ってる」
僕は気のない返事をかえした。


『ITUKI』の最初へ 『ITUKI』 13 『ITUKI』 15 『ITUKI』の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前