謎の検査技師-2
実は以前ある女優のMRI情報が漏洩した事件があり、検査技師が逮捕された。
それ以来、秘密厳守をモットーとするこの青陰検査センターが有名人たちに利用されるようになったのだ。
だからこの青陰検査センターではMRI検査室の検査技師が最も口の固い人間として信頼されているのだ。
向ヶ丘健児(むこうがおかけんじ)という検査技師は帝大出のエリートだと言われているが、同僚とも家族とも一切患者の話しはしない。
同じセンター内でMRI情報が全く廻って来ないのだ。
普通の病院ではMRIの結果は看護師が医師の所に運んで、医師は他の看護師も見ている場所でそれを患者に見せたりする。
だがMRIの精度が上がり、その結果を見て異常を発見するシステムも精巧に出来てきたため、医師の所に渡されるのは機械が発見した異常個所の部分の映像だけなのだ。
それはCDに焼き付けられ、担当の医師だけが知っているパスワードで閲覧可能になる為、漏洩しにくい環境にある。
またCDは向ヶ丘技師が直接担当医に手渡すようにしているので、第3者が覗き込む余地は皆無である。
さらに向ヶ丘技師は医師への報告部分をコピーした後はMRI画像の全体を消去するようにしている。
さらに、検査室に技師がいないときにはドアには指紋による電子ロックがかかっており、忍び込むことはできない。
たとえできたとしても、MRIの個人情報は一切残っていないのである。
しかし、そのような厳重な秘密厳守を貫いている向ヶ丘技師にも落ち度があった。
それは青山桜の検査があった日から数えて3日後のことだった。
美少年グループのメンバー峰野鐘(みねのりん)をMRI検査室に案内したときのことだ。
実は葦野は年齢も近いこの峰野鐘を密かに憧れていた。
彼の姿を思い浮かべながら1人妄想に耽ったことが幾度もある。
だから、案内する時自分の本心を悟られまいと必死になった。
普段とおんなじことを喋っている積りでも、峰野にこんなことを言われた。
「看護師さん、随分つっけんどんだね。僕が嫌いなの?」
「いえ、そんなことはありません。普段からこんな感じなのです。
失礼があったとしたら申し訳ありません」
少し顔が赤くなったような気がしたので、それに釣り合うようにちょっと怒った顔つきをしてみせた。
だがそれも悪あがきのような気がしてできるだけ無感情な顔にするようにした。
だがMRI室に来たとき、向ヶ丘技師の姿がなかった。
隣の小部屋はガラスごしに覗けるが、さらにその奥は死角になっていてこちらからは見えない。
小部屋のドアを開けると普段はロックされているのに簡単に開いた。
「峰野さん、そこで待っていて下さいね。今担当の者に声をかけて来ますから」
奥の方を覗くと向ヶ丘技師はいなかった。
机の横に機械があり、作動していた。なんだろうと思いそれを見た。
「あっ、これは」
そのとき、向ヶ丘技師が小部屋に入って来た。
「トイレに行って来たところだけれど、オートロックのドアに本が落ちて挟まっていたらしいね。
葦野君、それを見たんだね。後で話し合おう」