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末廣屋
【SF その他小説】

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はな-1

そしてまたその数日後。

年のころ14・5才の美しい娘が長兵衛長屋にやって来た。

利助の住まいの前で声をかけると、手ぬぐいを取り出して自ら目隠しをした。

「お邪魔させていただくよ。あたしは呉服問屋末廣屋の末娘のはなという者だ。

こうやって目を隠してるのは利助さんに、女の大事なものを奪われないための用心だ。

けどもともと目明きが目隠ししてるから、前が見えない。

すまないがあたしの手を引いて中に入れておくれよ」

利助ははなを戸口まで迎えに行くと手を引いて中に上がらせた。

「ここに座っておくんなせえ。で……いったいどんなご用件で?」

目隠しをしたまま利助の前に座ったはなは背筋を伸ばして膝の上に手を揃えた。

「あたしは姉様たちのように、利助さんを自分の思い通りにしようなんて考えちゃいないよ。

ただ人としての信実を聞かせてもらいたいんだ。

姉様達は隠しているけどあたしにはわかる。

2人とも利助さんと会ってから変ってしまった。

利助さんが虫飛脚という不思議な仕事をしていると聞いて、あたしはぴんときた。

利助さんはあたしたちと同じ異能の持ち主なんだね。

あたしたちは目力で人を操ろうとする。

そして利助さん、あなたはあっという間に遠い別の場所に飛んで行くことができる。

その力を使って虫飛脚という仕事を始めたんだね。

1つ聞かせて欲しいのは、姉様たちと体の契りを結んで、その後それきりというのはどういう了見かということなんだ。

歌にまで歌われた器量よしの姉妹の2人まで、嫁にも行けない体にしておいて、秘密を守ろうとはいかにも勝手な言い草に思えるんだけど、その点はどう思っておいでか。

それを聞かせてほしいとこうやって尋ねてきたんだ。

さあ、聞かせてもらおうか」

3姉妹の末の妹ながら、気丈で挑発的なその態度に利助はややたじろいだ。

「はなお嬢さん、確かにあんたの言う通りあっしはあやお嬢さんともすみお嬢さんとも体を交えたことは間違いねえ。

だがそれは2人ともあっしに目力を使って操ろうとしたために起きた事故なんだ。

それをやられるとあっしの体は自分の意志とは関係なく相手を遠くの危険な場所まで飛ばしてしまうんだ。

雪と氷の世界に行けば相手は凍え死んでしまう。

砂ばかりの灼熱の世界に行けば渇きのために死んでしまう。

海のように広い川と森の世界に行けば、恐ろしい人食いの獣に襲われる。

だがね。あっしがいくら相手を元の安全な場所に戻そうとしても駄目なんだ。

普段からそうでやすが、人間1人を運ぶのは無理ってなもんで。

それができるときは体を交えたときにだけなんでさ。

それをしなきゃ、上のお嬢さんたちを元の世界に戻すことはできなかったってことなんで。

だが人としての信実を問われれば確かに仰る通りかもしれねえ。

でもね、あやさんの婿になればすみさんに気兼ねがいるし、その逆もまた困ったことになる。

はなお嬢さんがこちらに来られたのは、何か良い考えがあって来たに違えねえ。

その辺を聞かせてもらいてぇんで」

目隠しをしたまま、はなは大きく頷いた。

「それじゃあ、あたしの言うことをようく聞いておくれ。

利助さんはあや姉様の婿になってもらう。

その代わりすみ姉様は家を出ることにした。

これはもう既に2人は承知のうえのことだ。

末廣屋の婿としては後々は家業を継いでもらうことになるけれど、その場合でも商売の一切はあや姉様が取り仕切るから何の心配もない。

家を出ることになったすみ姉様は小間物屋の店を持ちたいと言っているから、流行のものを仕入れる仕事を利助さんに頼むと思う。

そのときは義理の妹になる訳だから、力になってほしいと言ってた。

そして、あたしだけれどね。

あたしは団子屋を開きたいと思っているけれど、客引き用に諸国の名産の食べ物も少し扱いたい。

だからその仕入れを頼んだ時には引き受けてもらいたいのさ。

そして、これは利助さんには気の毒な話しだけれど、今やっている虫飛脚の仕事はやめてもらいたいんだ。

ここは今日にでも引き払って、末廣屋に来てはくれないかい」

ここまで一気に話すとはなは一息ついた。

そして見えない目で利助の方を見据えるように顔を向けたまま黙り込んだ。

利助はじっとしてしばらく動かなかったが、大きく一呼吸するときっぱりとした顔で言った。

「そのお話で宜しいのなら、あっしは文句はありやせん。

それで末廣屋の親御さんが本当に承知してくれているんですかい?」

はなは大きく頷いた。

「途中色々あったけれど、すみ姉様が一歩譲ることになったので、あたしが父様や母様を説き伏せたのさ。

その際、目力は使わなかった積りだけれどね」

「わかりやした。

けれどもこれからも会うときにはいつも目隠しをする積りですかい、はなお嬢さん?」

それに対して歯を見せて笑ったはなは立ち上がると両手を前に出した。

「そうだよ。女の大事なものを奪われたら泣くにも泣けないからね。

さあ、戸口まであたしを出しておくれ。

後はここを引き払ったら、末廣屋に来てくれれば良い」

利助ははなの手を引くと戸口まで送り、自分はいったん家の中に引っ込んだ。

はなは手ぬぐいを取ると戸の中の利助になにやら声をかけそのまま草履を鳴らして走り去った。

はなが去った後、利助は凍りついたようにその場に立ち竦んだ。

「まさか、そこまで知っていたとは……」

そう呟くと利助は、へなへなと床に座り込んだ。


 


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