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末廣屋
【SF その他小説】

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3年と3月後-2

その翌日、大変なことが起きていた。

向こう傷の政吉一家全員が殺されて早朝発見された。

親分の政吉をはじめとして子分の12人全員が刀で斬り殺されていたのだ。

彼らは全員抵抗した後はなく、得物も持たずにそれぞれ思い思いの場所で死んでいた。

ある者は寝たまま。ある者は風呂に入ったまま。ある者は酒を飲んでいるとき。

声を出す暇もなくそれぞれが一太刀で絶命していた。

恐らく逃げ出す余裕もなかったと見える。

それができるのは幽霊のように神出鬼没の刺客しかいないだろう。

人々はまた、人斬り甚左が現れたと騒いだ。



まつは下男の末吉に聞いていた。

「ねえ、政吉一家を皆殺しにしたのは人斬り甚左(じんざ)だってみんなが言ってるけど、甚左って何者なの?」

末吉は初老の男だったが、小女のまつの疑問に詳しく答えてやった。

「随分前の話しだ。もう5・6年も昔になるかな。その甚左っていう侍がいた。

滅法腕の立つ浪人で、辰波組というヤクザの用心棒に雇われていたんだ。

対抗するヤクザの吉川組の雇った浪人は何人も斬られ、全く歯が立たなかった。

それで吉川組は真夜中に辰波組の家屋敷を取り囲んで火をつけ、全員焼き殺したのさ」

「それじゃあ、甚左っていう用心棒も焼け死んだの?」

「そうらしいが、辰波組がいなくなった吉川組は、好き放題暴れまわった。

その為に随分泣かされた者もいたようだ。

ここからはどこまで信用できるかどうかわかんねえ話しだが、その後半年くらい経ってからだ。

吉川組の者が皆殺しにされていたんだとよ。

しかも全員斬られて死んでいたって話しだ。

だから人斬り甚左が幽霊になって仕返しをしたんだってことになったのさ」

そのときまつが体をぶるぶると震わせた。

「あっ……はなお嬢様が死ぬ前に言ってたけど、もしかして甚左ってのは山本甚左衛門のことなの?」

「そうだよ」

「じ……じゃあ、山本甚左衛門の墓に祈るっていうのはどういう……」

「意味があるかって? 決まってるじゃねえか。

殺したい奴、この世からいなくなってほしい奴の名前や住まいを告げてお祈りするってことさ。

そうやって幾晩も祈った人間がいてね。

ある日その望みが叶って、呪った相手は刀で斬り殺されていたという話だ。

だがね、それもしばらくなかったんだが、今頃になってその名前があがるってのはなんとも奇妙な話しだぜ。

甚左の名前は戯れ歌に使われるくらいだったっていうのによう」

「戯れ歌って?」

「おや知らねえのかい? 末廣屋に奉公していて知らねえとは……。

ほら、こういう歌だよ。

呉服問屋の末廣屋♪ 3人揃った看板娘♪ 

人斬り甚左は刀で殺し♪ 問屋の娘は目で殺す♪ ってね」

「ひえーーーー」

まつはようやく意味がわかって悲鳴をあげた。

「なんでい? いったいどうしたんでい」

「おはなお嬢さんが亡くなる前に若旦那に言った言葉。

山本甚左衛門の墓に祈って……って。

きっと若旦那はそうしたんだ。

だから願いが叶ってそのお祝いに朝から風呂を沸かして入っているんだ」



その頃、末廣屋の風呂場では利吉が血だらけの体を湯で洗い流していた。

政吉以下13人の男達を斬った返り血で汚れた体を丁寧に跡が残らないように拭っていた。

3年と3月前、利助の長屋に訪れたはなは別れ際にこう言った。

「もうひとつ虫飛脚の他にも止めてもらいたいことがあるんだ。

人斬り甚左の仕事だよ。あたしはあんたの仕事だってわかったよ。

あんたでなきゃ相手に気づかれずに近づいて斬り殺すなんてことはできないものね」

利助は着物を羽織りながら呟いた。

「俺に人斬りを止めろと言ったはなさんが、最期にまた人斬りを頼むなんざ随分皮肉な話しだぜ。

これでお前さんの仇はとった。安心して成仏しなよ」

風呂場から出た利助はまた末廣屋の温厚な若旦那の顔に戻っていた。  


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