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末廣屋
【SF その他小説】

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すみ-1

それから半月後のことだった。

長兵衛長屋に年のころは15・6才の美しい町娘がやって来た。

長屋の一軒の前に立つと躊躇いもなく戸を叩く。

その家の前には『むしひきゃく』という木札が下がっていた。

「どなたですか?」

若い男の声が中から聞こえると、相手の許しも待たず娘は戸を乱暴に開けた。

「お前が利助だね? うちの姉さまをかどわかした男だね」

中にいた男は娘の顔をみないように顔をそむけて言った。

「そういうお前さんは誰だい? もしかして末廣屋の中の娘かい?」

「そうだよ。あやお姉さまの妹のすみだよ。

よくもお姉さまに酷い仕打ちをしてくれたね」

土間に立ったあやは大きな目を利助に見据えて肩で息をしていた。

利助はそういうあやの顔を見ようとはせず煙管をふかしてから言った。

「悪いことは言わねえから、あっしには関わらねえでおくんなせい。

そうしねえとあやさんの二の舞になること間違いねえんだ」

「そうは行くかい。変な幻術を使うみたいだが、あたしにはその手は利かないよ」

そういうと、草履を脱がずにすみが上がりこむと、利助の胸倉を掴んだ。

「私の目をみてごらん。目を見るんだ!」

利助はすみが顔を近づけるのを必死に防いで目を逸らす。

すみはそれを許さずそむけた方に顔を寄せてお互いの鼻がくっつくほどに近づけた。

しかも両手で利助の頬を挟んで、顔を動かせないようにしたので目と目が合ってしまった。

そうなるとどういう訳か利助はすみから顔を逸らすことができなくなってしまった。

「ほら、もうお前は私の言う通りになるんだ。

すぐに末廣屋に来て、あやお姉さまの婿になると言え」

そのときすみは、自分が長屋の中にいるのではないことに気づいた。

「えっ?」

利助の顔を見ていたすみは2人が見知らぬ景色の中に座っているのに気づいた。

そこは今まで見たこともないところだ。

辺り一面砂に覆われていて、それ以外は何も見えない。砂の海の真っ只中にいるのだ。

しかも天道がギラギラと照りつけて、皮膚が焦げるほどの日差しの強さだ。

「ここはどこ? お前は何をしたんだ?」

利助はうなだれて、何も言わない。

「言うんだ。お前はあたしに逆らえないはず。あたしを元の長屋に戻せ」

利助は今度はすみの顔をまともに見て弱弱しく言った。

「お嬢さん、あんたはあやお嬢さんと同じように異能の持ち主にちげえねえ。

つまりその綺麗な目で男を睨むと、男はお嬢様には逆らえなくなる。

確かにあっしはあんたに逆らう気はありやせん。

できれば元の長屋に戻してあげていんです。

けんどいくらあっしでも人間1人を自由に運ぶことはできないんでさあ」

「誤魔化すんじゃないよ。お前はあたしを今ここに連れて来たじゃないか。

元の場所に戻すことも簡単なはずだよ。

早くしておくれ。ここにいると体が乾いて日干しにされてしまいそうだから」

けれども、利助は首を横に振った。

「すみお嬢さん、ここにあんたを連れて来たのはあっしであって、あっしではねえようなもんで。

あやお嬢さんのときもそうだったんだが、不思議な力で見つめられると、急に催して来て、来たこともない場所に飛んで来てしまうんでさあ。

だからあっしには関わらないでくれと言ったじゃねえですか。

あんたが女の力を使ったために、あっしの心の奥の男がお嬢さんを一人占めしようとこんな所にさらってきてしまったんでい。

あっしが1人で長屋に戻ることはできても、あんたを連れて戻るのって言うのは無理な相談ってなもんでさ」

「じゃあ、あやお姉さまのときはどうやって戻ったというのよ」

「それは……おおそうだ。

その前に一度長屋に戻って、日よけの傘と水を持って来なくちゃあいけねえ」

そう言った途端、利助の姿は消えてすみは砂の世界にたった一人取り残されてしまった。

すみは袂で顔を覆い、強い日差しを避けながらそこに立ち尽くした。

「利助ーーぇぇ。戻って来い。あたしを置いて行くなぁぁぁ」

すみはパニックに陥った。こんな筈ではなかった。 



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