師弟の病名、教えます。-5
「ルーディっ、やぁ!こわい!」
しゃくりあげるラヴィの泣き声に、はっと我に返った。アメジスト色の瞳には恐怖が浮かび、ぽろぽろと涙が零れている。
(何、バカなこと考えてたんだ!)
煮えたぎった脳から、一気に血の気が引いていく。
飛びのき後ずさった。しかし、すぐに背中が壁につきあたってしまう。冷や汗が全身を流れ、激しい動悸に心臓が壊れそうだ。
ポケットから鎮静剤の瓶を取り出したいのに、震える手がうまく動かない。
「ルーディ……?」
半裸のラヴィが、よろよろと身を起した。
襲い掛かりたい欲求と、傷つけたくない理性がせめぎあう。
「ごめん、どうかしてた……」
ラヴィを見ないように目を瞑り、喰いしばった牙の間から唸った。
「ラヴィが触れる狼や犬は、俺だけだったのにって、思ったら……」
「うん、本当におかしい」
スルリと、頬に小さな手が触れた。
「……ラヴィ?」
目を開けると、ラヴィが乱れた服もそのまま、手を伸ばしてルーディの頬を撫でていた。
「可愛い犬とルーディは全然違うわ。私がつがいになりたいのはルーディだけなのに、それだけじゃ駄目?」
「…………いや。それで十分」
呆然とルーディは頷く。驚くほど単純明快な回答。
改めて言われると、嫉妬する必要なんて欠片もなかった……。
「でも、ルーディばっかりを責められない」
顔を隠すように、ラヴィが抱きついてルーディの胸元に顔を埋める。
「私もヘルマンさんと会うまで、ちょっとヤキモチ嫉いてたもの」
「お師さまに?なんで?」
寝耳に水な告白に、ルーディは目を丸くする。
「だって……」
真っ赤になったラヴィから、嫉妬の理由と、嫉妬する気にもなれなくなったことを聞き、大笑いした。
「そりゃ、お師さまは綺麗だし撫でるのも上手いけど、俺の好みはラヴィの顔で、一番気持ちよく撫でてくれるのもラヴィだ」
愛しくて世界一大切なつがいの両頬を包み、そっと口づける。
触れるだけのキスなのに、さっきまでの緊張も凶暴な焦燥も、魔法のように溶けて流れていく。
冷静になった今ならわかる。
ルーディやゾーイのような強さを持たないあの犬には、可愛さこそが牙なのだ。
愛くるしい容姿で人間の庇護を受けることが生きる手段。
狼から遠く離れてしまった種族だけれど、愛玩種だって彼らなりに一生懸命生きている。
戦い方が違うだけ。
それが悪いとか良いとかではなく、そういうもの。それだけだ。