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月光間奏曲 (満月綺想曲・番外集)
【ファンタジー 官能小説】

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師弟の病名、教えます。-8

 笑いを堪えすぎて、ルーディの琥珀色の目には涙が浮かんでいる。
 その瞳に、店の扉が開き、新たな客が入ってくるのが映った。
 珍しいことに、また男の二人組みだった。

「いらっしゃいませ……」

 ウィトレスが微妙な苦笑いを浮べた。先ほど、ルーディたちを見た時とは少し違う困惑顔だ。
 金髪と茶髪の青年は、二人とも整った美しい顔だちで、身なりも派手で金がかかっている。いかにも遊びなれた雰囲気だ。
 どこかで見覚えがあると思ったら、二人ともイスパニラ貴族の息子だった。
 そして諜報員たるルーディは、彼らが女癖の悪いドラ息子だと、ちゃんと知っている。

 常連らしい彼らは、ウェイトレスが席に案内しようとするのを、笑って手で断る。
 店内をグルリと見渡し、何か二人で数言交わしあうと、サーフィとラヴィのテーブルに近づいていった。

「こんにちは、君たち二人だけ?」

 金髪青年が親しげに声をかけた。
 店内は騒がしく距離も離れているが、ルーディの目はよく見え、唇の動きでなんと言っているかわかる。

「あ、はい」

 サーフィとラヴィが頷いた。

「混んでるね。良かったら一緒に座ってもいいかな?」

ーーいや、他にも空いている席はあるだろ。たとえば、ヘルマンとルーディの隣り卓とか。

 ルーディの顔から表情消え、琥珀色の目がスウッと金の光を帯びる。
 茶髪青年は、返事もまたずにラヴィの隣りへ腰を降ろした。ベンチ型の小さな椅子は、密着するほど詰めれば、二人で座れなくもない。
 金髪青年も、迷惑そうなサーフィに密着して座り、「綺麗な色の髪だね」とか褒めている。

「くしゅっ」

 ルーディたちの近くに座っていた少女が、くしゃみをしてブルッと肩を震わせた。

「やだ、風邪かしら?なんだか急に寒くなってきちゃった」

「ん?私も……」

 向かいに座っていた友人らしき少女も、身震いする。
 サーフィたちに背を向けているヘルマンが、どうやって様子を伺っているのか不思議だが、状況をきちんと把握しているのは確かだ。
 氷の魔人たるお師さまは、平然とした顔で新聞を眺めているが、彼を中心にじわじわと冷気が滲みだし始めているから。

 お師さま、冷気抑えて!新聞がもうパリンパリン!!!

「もし暇なら、この後一緒に……」

 金髪青年は話しかけながら、サーフィの銀髪を指に絡めようとしたが、ひょいっとその指は宙を滑った。
 サーフィの身体がヒラリと宙を舞う。音一つたてないそれは、大きな鳥が優雅に舞ったように見えた。

「失礼を。とても美味しゅうございました」

 通路にトン、と立ったサーフィが、唖然とした顔のウェイトレスへ一礼する。他の客も青年達も、目を丸くしていた。
 彼女が席を立てないように、青年は通路側を塞ぐように座っていたのに、電光石火の速さでサーフィは青年を飛び越したのだ。

「申し訳ございませんが、私の連れもお茶を飲み終えましたので、席を立たせていただけますでしょうか?」

 ラヴィの横に陣取っていた茶髪の青年は、サーフィが静かな声をかけるとバネ仕掛けのように立ち上がってどいた。

「ありがとうございます」

 ペコリとお辞儀をし、ラヴィも急いで席を離れた。
 テーブルの上で、二枚のケーキ皿と紅茶茶碗は綺麗に空になっている。
 ちなみにこの店は、料金先払い制だ。
 彼女達が楽しげに出て行くのを、店内中の人間が呆然と見送った。
 ……ただし、急いで顔を隠したヘルマンとルーディだけは、新聞の影でこっそり笑い合う。

「やはり大丈夫でしたね」

 ヘルマンが誇らしげにフンと笑う。

「俺だってラヴィを信用してます」

 ルーディは苦笑し、紅茶の表面に薄く張った氷をガリリと噛み砕く。もう少しでここは、アイスケーキの専門店になるところだった。

「ええ。僕だってサーフィを信じておりますよ」

 軽い溜め息をつき、ヘルマンも紅茶氷を噛み砕いた。
 妻を愛しすぎている大人気ない師弟は、同時にぼやく。




「「でも、見えないとなぜか不安なんです」」




 ヘルマンの手にしている新聞はすっかり凍りついていたが、表面にはちょうど、イスパニラで大人気の漫画が載っていた。
 コマの中では二頭身のキャラクターが、毛布を片手に指をしゃぶっている。
 聖書をそらんじるほど天才で、やたらと理屈っぽいその小さな男の子は、お気に入り毛布を常に携帯していないと、パニックを起こしてしまう設定だ。

 そして彼のように何かへ酷く執着し、それが手元にないと不安でたまらなくなる人間は、意外と多いらしい。

 『ブランケット症候群』

 学者たちは、そう病名を名づけた。

 終



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