出逢い-4
太陽が西の水平線に沈み、空が、色褪せるように白くなり、逆に青かった海は、黒い色を加えていく。
「──ありがとうございました!足下、お気をつけ下さい」
午後七時。本日の最終便が島に着くと、僕の心はようやく解される。これで何もなければ、来週月曜、朝五時の始発までは自由な時間となる。
「やっと終わった……」
連絡船は、平日の朝五時から夜七時までが営業時間で、自由な時間は少ない。しかも、晩ごはんに風呂、洗濯なんかも時間内にやらなくちゃいけなくて、一日が足りない位だ。
従って、遊ぶのは連絡船が休航の土日だけになってしまう。
でも、僕が生まれる前は、本土まで急病人を運ぶ為に休めない日も多かったらしく、随分、楽になったと父が教えてくれた。
「おーい!拓海」
船内の忘れ物点検をする僕の下に駆け込んで来たのは、真中海人と言い、同じ本島の中学校に通う同級生だ。
彼は“明日の約束”を取りつける為、休み前のこの時間帯に必ず現れる。
「なに?」
「何って、ずいぶんな口ぶりだな。友達と一週間ぶりに会ったってのに」
手を休めず船内を歩き回る僕に、海人はちょっとふて腐れて見せた──二人のいつものやり取り。
それが終わると、海人が最初に切り出した。
「明日、釣りに行かないか?」
「パスだね」
「どうして?父ちゃんに頼んで、船出してもらうんだぜ」
「休みの日まで海の上はちょっとね」
「そうか、すまん……」
海人は、自分より他人に優しい本当に好い奴だ。だからつい、甘えてしまう。
「明日、お前ん家に行くよ。それから考えよう」
「明日だな、分かった!」
海人は、僕の答えに満足して帰って行った。
彼以外の同級生は、あと二人いるけど二人とも女の子で、昔は一緒に遊んだりもしたけど、最近は、お互いが避けるようになっていた。
(休みと言っても、こんな何も無い島じゃなあ……)
青い海と抜けるような空──漁師の他に僅かな観光地だけの寂れた島は、中学生の僕には退屈過ぎて、正直言えば、来年の春が待ち遠しい。
同様の考えを持つ先人逹が、一人、又一人と島を去り、今の状態となった。
此処も、やがては誰も居なくなるだろう。それに対して大人は必死に抵抗してるけど、僕はむしろ必然だと考える。人間は大昔から、快適な場所を求めて生きていて、今、その場所は本島や本土だろうから。
「拓海!そろそろ上がるぞ」
「分かった!もう終わるから」
その動きを妨げるのは、人間の本質を奪い取る事と同じで、そんな考え方はエゴでしかないと僕は思う。
「拓海、お前、飯食ったら先に寝てろ」
「また?あんまり遅くなんないでよ」
「良いじゃないか!たまには」
「休みは、洗濯や掃除とか沢山残ってんだよ。んじゃね!」
「ああ、じゃあな」
唯、いずれはそうなるとしても、それまでの時間はたっぷりとあるのだから、此処での関係を大事にするのも、本質だと思う。
(でも、あの人は、そんな島に戻ってきた……)
薄暗い帰り道で、昼間の出来事が頭の中に浮かんだ。
どうしようもない程の哀しみと強い怒り、それに、それらを打ち消す位に素敵だった笑顔。
短い時間で、目まぐるしく変化した彼女の表情が、僕の中で鮮明に甦る。