あや-2
汗染みて汚れた手ぬぐいで猿轡を噛ませられ2人の娘はぶるぶると震えている。
ここは普段人の住んでいない空き家の中らしい。
壁には蜘蛛の巣がかかって、畳にも埃が溜まっている。
そこに後ろ手に縛られてあやお嬢様と小女が無造作に転がされている。
向こう傷の政吉があやお嬢様の猿轡を取った。
「ここなら声を出しても誰も来やしねえ。
なるほどさすが歌にまで歌われた末廣屋の看板娘だ。
振るいつきたくなるような良い女だぜ。
最初に俺がお前の破瓜をしてやろう。さあ、股を開きな。
こっちの方はすっかり準備万端整ってらあ。後に何人も控えてるんだ。
ぐずぐずするねえ!」
あやお嬢様は激しく首を振ったが政吉はその横っ面を張り倒した。
パシーン! 「あっ」
「言うことをきかねえと痛い目に合うんだ」
そのとき政吉は何か衝撃を覚えた。
政吉の目には驚いて当惑したあやお嬢様の顔が見える。
その目の奥に吸い込まれるような錯覚がして、今叩いた手が痛み出した。
そして政吉は顔が突然熱くなったのだ。
(恥ずかしい)何故か政吉はそう思った。
自分の言ったこと、これからしようとしていることが人として恥ずかしいと感じたのだ。
顔が真っ赤になっているに違いない。そして心臓が抉られるように痛んだ。
俺はこのお嬢様に卑しい獣以下に思われている。
何をしようとしているのかそれを知って、心から軽蔑されている。
ああ、恥ずかしい。なんて恥ずかしいんだ。居たたまれない気持ちになる。
俺は女を叩いて思い通りにしようとしている。最低の男だ。
政吉はあやお嬢様から目を逸らそうとしたが、できなかった。
あやお嬢様はそんな政吉を見ながらゆっくりと言った。
「お願い。私たちに何もしないで帰しておくれ」
すると何故か政吉はその通りにしたいと思った。すると手の痛みがとれた。
胸の痛みがすーっと退いて行った。
そうか、恥ずかしいことをしなければ良いのだ。政吉はそう思った。
そして仲間にこんなことを言った。
「言う通りにしてやるんだ。2人とも縄を解いて逃がしてやれ」
「なに言ってるんだ、兄貴。みんなで輪姦した後、売り飛ばすって言ってたじゃないか」
それを言った男にあやお嬢様は首を振りながら言った。
「そんなことを言わずに、私たちを逃がしておくれ」
するとその男もなにやら衝撃を受けたようになり、あやお嬢様の言葉に逆らえなくなった。
男は頷いて女たちの縄を解き始めた。
政吉に起きたことが、その男にも起きたのだ。
「お……おいっ」「なにをやろうってんだ」「てめえ」
それを止めようと駆け寄る数人の男達にもあやお嬢様は強く言った。
「お願い!」
詰め寄ろうとした男達の動きは止まった。
不思議な力が男達の心と体を縛って、あやお嬢様の言葉に逆らえなくしてしまったのだ。
もう誰も女たちに手を出さなくなった。
ただ、あやお嬢様の顔を見つめて佇むだけだ。
空き家から抜け出したあやお嬢様は駆け出すこともせず、ゆっくりと下駄をカラコロカラコロとと鳴らしながら去って行った。
「あやお嬢様、どうしてあの男達はお嬢様の言うことを聞いたのでしょうか」
小女の問いにあやお嬢様は驚いたように答えた。
「そんなこと、私が知る訳がないじゃないか。それよりも長兵衛長屋に急いで行くよ」
「なんでそんな粗末な長屋に行かなければならないんですか?」
「お松、お前は私より5つも年下なのに、どうして口答えするんだい。
お前は長屋の入り口で待っていれば良いんだ。
中には私が入って用事をすませてくるから」
「どうするんですか?」
「京都のお祖母さまに還暦のお祝い品を今日中に届けてもらうのさ」
「あやお嬢様、それは無理というもの。いくら速くても4日はかかりますよ」
「それを今日中に届けるのが虫飛脚(むしびきゃく)というものらしいよ。
きょうはお祖母さまの還暦のお誕生日だから、お手紙と一緒にお祝いの品を届けてもらうんだよ」
「へえええ……? お嬢様、とてもそんなこと信じられません」