特に、何も……-12
「長生きって、罪悪だと思うことない?」
美加に言われて言葉に詰まった。私がすぐに返事をしなかったので、言いすぎたと思ったのか、
「だってさ。自分で何も出来ないで生きてるなんて、意味あると思う?」
グループホームの受け入れは自立出来ていることが原則だけど、入所中に介護度が上がってもそのまま継続する施設もある。美加の所はそうなのだ。だから手のかかる人がかなりいるらしい。
「家族が看られないから施設に入れるんだから、そうなったら生きてるってことがどういうことなのか考えちゃうわ」
デイサービスにも車いすに乗ったままの百歳の利用者さんがいる。食事は口に持っていけば食べるけど喜怒哀楽はまったくない。病気なら延命治療の判断の道もある。だけど病気もなく、枯れ木のように生きていることをどう考えればいいのか、私も疑問に思うことがある。
「生かされているのよ」
看護師さんが言っていた。
「自分では何もできなくても、その人が持っている魂が様々な力でまだ生きようとしているのよ」
それが生かされていることだという。
でも現場のスタッフの多くは、自分はそうなりたくないと思っているはずだ。仲間内でこっそり呟くことはけっこうある。
「それで給料もらってるんだからやるしかないけどね。他に何かするっていっても、できないもん」
こういう話は結論がでないから私は締めくくるつもりで言った。美加も頷きながらワインを飲み、しばらく黙っていた。
「ふふ……」
突然笑ったので顔を見ると、可笑しくて笑ったようには見えない。口元が曲がっていた。
「どうしたの?」
「あたし、体売ってるの」
「え?……」
「おじいさんに、売ってるの……」
「なによ、それ……」
話を聞いて唖然とした。
夜勤の時、八十二歳の入所者に胸を触らせてお金をもらっているというのだ。
三か月前に来た人で、懇願されて服の上からちょっと触らせたら五千円くれた。
「ほんの少しだったけど、喜んじゃって」
「一回だけ?」
「泊まりの時はいつも」
「触るって、どうやるの?」
「揉むのよ。一分くらいかな」
「えー。厭じゃない?」
「いやよ、それは。だけど、いまは一回一万くれるの」
「へえ、値上げしたの?」
「だって、ジカって言い出したから」
「ジカって?」
「直接」
「へえ……」
何と言っていいかわからなかった。
「でも、やばくない?」
「うん。ばれたら大変だよ。もうやめようと思うんだけど……」
「やめたほうがいいよ」
「そうだよね。長生きは罪悪なんて思いながら、フーゾク、みたいなことしてるんだもん。落ち込むよ……」
訪ねてきた理由はこれだったんだと思った。
「でも、あたしから誘ったんじゃないからね」
「わかってるって。だけど、エスカレートしたらもっとまずいよ」
「そうだよね。そんな予感はあるんだ……。お金くれたらもっと変なことしちゃいそう……」
驚いたけど、ふと中野さんを思い浮かべて、もし自分だったらどうだろうと考えた。中野さんが触らせてと言ってきたら……。
なんだか複雑な気持ちになった。今だって日曜日に行ってお金をもらってる。美加と同じようなものだ。
「理恵は、そういうこと、ない?」
ドキッとして、
「そういうことって、触らせたり?」
「ないよね。デイだもんね」
「うん。そんな機会もないし」
美加は溜息をついた。
「利用者が望んでたって言い訳にならないよね……」
「私たちの仕事は介護だから、サービスの意味が違うよ……」
そんなことは美加だってわかっている。
私たちはワインを二本あけて、明け方近くに横になった。
団地の入口に着いたのは一時すぎ。お弁当を買って、全速力で自転車をこいで汗びっしょりだった。飲み過ぎて気分が悪いところへもってきて激しく動いたので胃のあたりが少しむかむかする。
目覚めたのは昼近く。美加はいなかった。メールに、
『ありがとう。また連絡するね』
それだけ入っていた。
(美加はどうするつもりだろう……)
ぼんやり考えながら、人のことを心配している余裕はないなと思った。
体がだるくて、木陰の芝生に腰を下した。熱いけど風が少しあるので心地いい。
(中野さん、待ってるだろうな……)
こんなに遅くなったことはないから心配しているだろう。
(待っててね……)
もうちょっと休んだら……。
(シャワー浴びたい……プールに飛び込みたい……スカッとしたい……)
気持ちいいだろうけど、少ししたら忘れてしまうんだ、そういうことって。そしてしばらくするとまた同じことを考える。変わらない。特に、何も変わらない。
中野さんとシャワーを浴びてみようかとふと思う。二人とも裸で……。
昂奮してきた。
(触らせてもいい……)
自分が『触る』ことを思い描いて体が熱くなった。
(いやだあ……)
それで何か変わるだろうか。……