特に、何も……-11
夜十時すぎに美加からメールがあった。
ーーイマカライッテイイ?ノマナイ?
これまでにも突然の誘いはあったけど、いつもはもっと早い時間だし、どこそこにいるからと呼び出されたことはあってもうちに来る連絡はあまりない。もやもやしてたからたまにはいいかと思った。
ーーイイヨ。ナンジクライニナル?
送ったらすぐに電話がきた。あと五分くらいで着くって。もう近くまで来ているようだ。そのつもりで来たんだ。たぶん時間を考えれば泊まるつもりなんだろう。
何年か前に一度突然泊めてほしいとやってきたことを思い出した。あの時は彼氏と喧嘩したとかで、愚痴ばかりで、それなのに泣いたりして慰める気にもならなかった。いまは別の相手と付き合っているらしいが、また同じ理由かもしれない。
美加は白と赤のワインを買ってきた。五分って言ってたのに二十分もかかったのは道に迷ったのだ。
「しばらくぶりだったから勘違いしてた。夜だから感覚狂うよね」
持って来た袋からはポテトチップスやジャーキーなどおつまみの他にパンがどっさり出てきた。明日の朝食のつもりらしい。
「泊めてね」
「うんいいよ。遅いからね」
「明日休みでしょ?」
「うん。連休」
「あたしもなの。嬉しいよね」
美加はグループホームに勤めている。デイサービスとちがって送迎はないけど、週に一、二回は泊まりがあるからきついと言っていた。その分、夜勤手当がつくから給料は私よりいい。
「今夜は飲もう」
「急にごめんね。明日予定ある?」
口ぶりは元気なようだけど、どことなく湿っぽい感じがする。
「午後、ちょっとあるけど、たいした用事じゃないわ。でも、連休なのに彼氏と一緒じゃないの?」
「うん。彼、実家で法事なの」
「そう。じゃあ、淋しくて来たんだ」
「ちがうわよ。そんなんじゃない。最近、どうでもよくなった。だらだら付き合って、なんか意味ない気がしてる」
どうやら喧嘩ではないようだけど、やっぱりテンションは低い。
「うまくいってないの?」
「別に、何があったってことじゃないんだけど、惰性って感じがしてる」
「結婚は考えてないの?」
「彼の方がその気がないから、あたしもどうでもよくなった」
美加には悪いけどほっとした。
「仕事、どう?」
話をすればどこかで必ず切り出す言葉だけど、お互い何を知りたいわけでもない。挨拶のようなものだ。
「あたし、この仕事、向いてないかも」
溜息まじりに言って美加は煙草を取り出した。
「禁煙?」
「いいよ」
美加が煙草を喫うのを初めて知った。
「向いてる仕事ってそうないと思うよ。誰だって」
「そうだけど、なんだかだんだん厭になってくるの。やる気が出ないのよ」
「みんな同じだよ。毎日変化ないし」
それでも八年間やってきた。
「愛情もてないのよ。老人って」
老人という言葉に違和感があるのはふだん使っていないからだ。美加だって『利用者さん』と言っているはずだ。意識して言わなかったのだとしたらよほど何か溜まったものがあるのか。
それにしても、愛情と言われると自分だってそうだ。可愛いおばあさん、おじいさんもいるけど、わがままで口も利きたくない人もいる。仕事だから出来るのだ。