ウロボロスの繁殖-1
ヘルマンは生半可な医者よりも、出産に関する適切な知識と技術を持っている。
たとえばアイリーン・バーグレイが難産で産まれた時は、山間の野営地で帝王切開手術を施した。
その後、バーグレイ商会を訪れるたびに、なぜか当然のように幼いアイリーンの世話を押し付けられたから、おしめを替えたりと、育児経験もバッチリだ。
他にも2・3人。
何かしらの縁や事情から出産の手伝いをしたり、多少の世話をした赤子はいる。
だから妊婦には適度な運動も必要で、あまり神経質になるのは良くないと知っているのに……。
いざ自分の愛妻に子が宿ると、理性と感情のせめぎあいに、これほど苦悩する羽目になるとは思いもしなかった。
大きなお腹のサーフィが階段を昇り降りするのにハラハラする。
一人で外出など、とんでもない!……と言いたいのを我慢我慢。
買い物かごを持って出かけるサーフィの後を、こっそりつけて行きたい衝動に耐えていると、脳裏で呆れたぼやき声が響いた。
『やぁれやれ、人って変われば変わるもんだね』
『僕も驚いておりますよ。まさか、これほど自制心が無くなるとは』
目を瞑り意識の中で、自身の内に宿る氷の魔物の隣りへ座る。
真っ白な氷の世界で、子ども時代のヘルマンの姿をした黒髪の少年・略して子ヘルはニヤニヤ笑っていた。
氷の魔人も、東の民という亜種から完成品になったホムンクルスも、大変珍しい存在だ。
更にその二人が両親という組み合わせなど、大陸全土を探しても他にはいないだろう。
果たしてどんな子が産まれるのやら……。
***
そして、十二月も終りにさしかかった日。
フロッケンベルク王都は、素晴らしい晴れ日よりだった。
前日までの猛吹雪はピタリと止み、まぶしい太陽が降り積もった白銀の雪と氷をキラキラと輝かせている。
まるで氷雪が灼熱の太陽と手を取り合ったような風景だった。
王都中の子どもたちはそりやスケート靴を手に飛び出し、大人たちは雪かきを始める。
ユニークな雪ダルマがあちこちで作られ、こんな真冬には珍しいほど、大通りは賑やかな笑い声に満ちていた。
そして錬金術ギルドの近くにひっそり建つ一軒家にて、一人の女児が産声をあげた。
母そっくりな炎色の瞳と、父そっくりな氷色の瞳を左右に持った赤子は、シャルロッティ・エーベルハルトと名づけられた。