ニンゲンシッキャク-4
ガンガンガンガンッ!
まず、美空の騒音攻撃から。目覚まし時計も効かない兄弟達を起こすのは、毎朝至難の業だ。鍋の裏を叩いて歩き回る妹の姿は、いつ見ても壮観である。
「う……、頭痛ぇ……」
瞼を開け、再び布団の中へ身を隠す次男。俺はその隠れ蓑とも呼べる、布団を勢いよく剥ぎ取った。
「ほら宗二郎、起・き・ろ! 朝だぞ、遅刻するぞ!」
「あー、もー起きます起きますぅ」
俺が怒鳴ると、宗二郎は眠そうに瞼を擦ってからのそのそと起き上がった。
「うしッ、美空、次!」
「修輔、修策ッ! 起っきしなさい!」
「あーい……」
双子の修輔と修策は意外に寝起きが良く、サクサクと支度を始める。全員が起こされずに、揃って朝食を取れる日は来るのだろうか。
「信彦ッ!」
「正行ッ!」
「直ッ!」
「智ッ!」
信彦と正行はまだ、眠りこけている。着替えきった宗二郎が二人を抱き起こした。
「ほれ、いい加減にしろ。学校に遅刻すっぞ」
「ふみゃーい」
「まだ、そんな寝てないー」
信彦と正行は、宗二郎に任せている。その間に、俺は直と智の着替えを手伝う。眠そうにしながら、智はブツブツと口を動かす。
「んー、あ、宗一兄ちゃん。リンゴ、うさぎさん?」
「ああ、ちゃんと兎さんだ」
二人にスモックを着させ、幼稚園用の黄色い肩掛けカバンの中を確認する。ハンカチ、ティッシュ、弁当、幼稚園手帳、歯磨きセット。
「やったあー」
「現金な奴だな、ったく……」
「皆、着替えたらご飯食べて!」
美空は普段から朝食を取らないので、その間に洗濯をしている。
三回戦は、朝食から出発にかけてだ。
「宗一兄ちゃーん、こぼしたー」
「はいはいはいはい、大丈夫か? よしよし」
味噌汁や、御飯粒、おかずなどをアートの様に溢す弟達の後始末をしながら自分もようやく済ませる。しかし、俺に一息吐く暇は無い。簡単に洗い物を片付け、自分の支度をする。
「食べきった人から、歯を磨いて顔を洗って来る。順番に!」
「んあーい」
パニックの毎朝。弟たちを送り出し、見届けてから俺と妹は高校に出発する。美空は俺と逆方向の国立高校に通っている、勿論家計に負担をかけない為だ。
「ふー、今日もギリギリだったな」
懸賞で当選したマウンテンバイクから降り、駐輪場に止める。高校は、俺が唯一勉強だけに集中出来る所だ。だが、これも折り返し地点に来てしまったと考えると口惜しい。
放課後は、予定外の二者面談だった。今日の買い物当番は、美空だったので助かった。この時間では、タイムサービスは終わってしまう。
「明智くん」
国語科準備室で、俺は前進先生と向き合っていた。
「は、はいッ!」
何だ? 学費か? いや違う、俺は学費の免除が利いている筈だ。しかし、成績が下がれば自動的に学費免除は廃止されてしまう。
「いや、そんなに慌てなくとも」
「あ、はい……」
前進先生は、相変わらず微笑みを湛えたままだ。良かった、多分そう厄介な事ではないだろう。
「早速本題ですが、明智くん。失礼だとは思いますが、君の恩師である里村先生から伺いました。君は、中学の修学旅行に行かなかったね」
「はい」
俺は、脚を揃えたまま頷いた。
「十月に行く、修学旅行はどうしますか」
「行きません」
前進先生は、珍しく真剣な顔付きだった。俺の家庭環境を知っていて話すのだから、相当勇気がいるだろうと勝手に推測する。