ニンゲンシッキャク-12
あたしより何も出来ないくせに、指図しないでよ先輩。
「高村さんッ!」
生まれて初めて、押し倒された。あたしに何かが覆い被さる。初体験が学校なんて勘弁してよ、って感じであたしは相手を睨み付けた。けれど、相手はそんな事を微塵も考える様な人間じゃなかった。
「……っう」
苦痛に歪んだ顔。眉を顰め、目を見開き、歯を食い縛る前進。あたしは、声一つ上げられなかった。
「だ……、大丈夫ですか……?」
「前進の方がやばいじゃん、あたしの事なんか心配しないでよ」
前進はこれでもか、っていう程に眉間に皺を寄せている。
「高村さんは、ぼくの生徒です……から」
「馬鹿言わないで、早く保健室に行かなきゃ……」
大人にしては左程重くない前進に肩を貸し、保健室に向かう。
「……う」
「前進先生、どうなさったんですか!」
「陣内先生、前進は火傷してんの」
その瞬間の陣内先生は、素早かった。洗面器に氷水を用意し、何枚かのタオルを下ろす。
「背中に熱湯を被ったの」
陣内先生は素早く前進のカッターシャツを脱がせた。
「良かった、重症ではないわ」
あたしも、ほっと息を吐く。けれど、元から色白の前進の背中は赤く腫れている様だった。
「しばらく、冷やしていなきゃ駄目ね」
「あ、あたしやります」
洗面器に漬されたタオルを軽く絞り、パイプベッドにうつ伏せになっている前進の背中に当てる。
「……っうぅ」
前進らしくない、今まで聞いた事も無い低めの唸り声。
「そう、じゃあお願いね。わたし、呼ばれているから」
陣内先生は、忙しそうに保健室から出て行った。
「前進、ごめん」
「何か……、悪い事をしましたか?」
顔が見えない分、辛い。
「庇ってくれたんでしょ」
「庇われる事をしたんですか?」
「………」
「陣内先生に用はありませんよ、きっと君が何かを言いたそうな顔をしていたから出て行ったんだと思います」
「前進、年上っていうだけで偉いの?」
そう、あたしは先輩に軽くいびられてた。髪の毛染めるな、ピアスをするな、カラコン入れるなっていう具合に。何で指図されなきゃいけないのかが、解らない。先生に文句は言われた事が無い。違う、言わせた事が無い。学年十位以内をキープする、あたしを注意するはずが無い。けれど、それに目を付けたのは中学からの先輩。馬鹿ほど吠える、とは言うけれど。先生から贔屓されて嬉しいかって? 贔屓されたいなら、媚でも売ればいいじゃない。多分、この言葉にカチンと来たんだろうと思う。だから、先輩後輩なんて嫌いなの。面倒だから。最初は仲良くしようね、なんて言って。それを信用したわたしも馬鹿だけどさ。でも、上から熱湯を掛けようとするなんてどうやら本気みたい。もう、いびりなんて可愛いものじゃない。虐めだ。階段の見えない角度から、熱湯を浴びせようとするなんて。もう、傷害罪の域。
「唐突ですね」
「関係あることだよ」
「ふむ……、年功序列に疑問があるのかな」
「あたしだって、ちゃんとした人には逆らわない!」
悔しい。悔しい。悔しい。一つ学年が上だからって、何で関係無い人まで被害を食わなきゃいけないの。
「高村さん、偉くなって下さい。世の中には、歳が上だろうと何だろうとそれにそぐわない行動をする人は多くいます」
偉くなる、誰の下にもならない様に偉くなる。偉くなってやる。誰の言う事も聞かなくていい様に。
「どんなに遠く離れていても」
チリ バンリ