ニンゲンシッキャク-10
三月上旬、わたしは父の仕事の都合でイギリスから日本に帰国した。いわゆる、帰国子女。(日本人の何人かは、帰国子女が女だけだと思っている。)それから、いくつか高校の中途入学試験を受けた。日本語はイギリスで学んでいたから、かなり話せる方だと思う。自宅では英語と日本語で話しているし、日本語は結構面白い。英語の教師以外は、わたしが話し始めようとすると慌てる。これは、見ていて面白い。
何もかもが。
「ナンセンス……ね」
きつい制服、ローファー、硬いカバン。新品はいいけれど、今一つ慣れるのには時間がかかる。道具だけじゃない、生活も変われば慣れるのに時間がかかる。考えていたのとはかなり違う、日本のハイスクール。今日もわたしは、登校中にため息。
日本も、日本人も変。帰ったら、またダディに訊いてみよう。
「わたしには今日しかありません」
スズキ キョウ
もし、明日で地球が無くなってしまうとしたら何をしますか。銀行強盗? 美味しい物を食べる? 好きな人に会いに行く? わたしは、きっとどれもしない。ううん、どれも出来ないと思う。多分、何も出来ないうちに死んじゃう。
「馬鹿馬鹿しい事をよくもそう考えられるね、君は」
主治医の上野先生は、そう言って笑うだけだった。わたしは、とても真面目。大真面目に考えているのに、何でこうして茶化してくるんだろう。
「明日で無くなるかどうか、なんて誰にも解らないよ。ノストラダムスの諸世紀の読み過ぎだな」
わたしの枕元に置いてある本を取り上げ、先生は机の上に投げた。わたしはベッドの上で、先生はフローリングに片膝をついて。
「はい、あーん……どこか痛む所はある?」
わたしが口を開けると、容赦無く金属の箆(へら)を口の中に押し込まれた。冷たくて、嘔気が込み上げてくる。もう、十年以上経験しているのに未だ慣れない。
「ん……ッ」
心、あればの話だけど。先生が箆を引いて、やっと話せる。
「ありません」
「じゃあ、いつもと同じ薬を処方しよう」
先生は、黒い鞄の中をあさっていた。
「よくもまあ、この状態で高校なんかに通えるものだ」
先生は、よく言った。いつ死んでもおかしくない身体だ、って。だから、わたしは毎日を字の如く一生懸命生きていられるのかもしれない。けれど、前進先生に注意された。本当は一生懸命じゃなくって、一所懸命なんだって。