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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第7話-8

―――待ち合わせ場所の駅前、英里はそわそわと落ち着かない様子で独り佇んでいた。
今は、夏休みも終わる直前の8月下旬。まだまだ暑さは厳しく、行き交う人々の姿が陽炎のようにゆらゆらと揺らいで見える。
約束の時間まで、あと15分。
俯いていた彼女は、時折目線だけを上げて、相手が来ていないか確認する。
さすがに、こんなに早く来るわけないか…、そう思ってまた目を伏せる。
時間よりも早く来てしまうのは彼女の性だ。だが、こうやって胸を期待に膨らませながら、相手を待つ時間を決して苦痛だとは思わない。
(はぁー、それにしても暑いな……)
額に浮かぶ汗を拭おうとカバンからハンカチを取り出そうとした直後、突如右斜め上から黒い影が降りた。
英里はそっと顔を上げて、傍らに立っていた人物を見ると、その瞬間緩やかに鼓動が高鳴った。
「水越さん、お待たせ。来んの早いなぁ。絶対俺のが先だと思ってたのに。まぁ、お陰で早く会えたけどさ」
陽の光を遮る位置に立っていた圭輔は、にっと晴れ晴れしく微笑んだ。少し日に灼けた逞しい腕がシャツから覗く。
彼女の高校での教育実習を終えた後、圭輔とこんな風に直接会うのは今回が初めてだった。
久しぶりに会うとなると、そわそわして居ても立ってもいられず、早く家を出てしまったのだった。
“私も、時間まで待ち遠しくて、つい早く来すぎちゃったんです…”
「別に、予定より早い電車に乗れたから…」
本当は言いたかった台詞を呑み込んで、英里は愛想なく答えた。
メールや電話と違い、実際に顔を合わせると恥ずかしくて、目が合わせられない。
4月の間の2週間、一体どんな風に先生と過ごしていた?どんな会話をしていた?
それに、すっかり挨拶をする機会も逸してしまった。久々に会うのだというのに、礼儀知らずだと思われているかもしれない。
頬を淡く染めて、微妙に圭輔から顔を逸らしていると、
「…暑かっただろ。とりあえず、どっか店でも入ろうか」
残暑の気温の高さに滅入っているのだろうと思った彼が、気遣うように提案すると、英里は無言でこくりと頷いた。


「ほんと久しぶり、だな。元気だった?」
「はい」
「ごめんな、ちょっといろいろと立て込んでたんだ」
「いえ、私も、その、試験とか受験勉強で忙しかったので気にしてないです…」
近くにあったファーストフード店に立ち寄ると、店内はちょうど昼時で混雑していた。
何とか空いている席を探し出し、2人で向かい合って座っていても、英里の緊張は解けなかった。
会えなかった間、伝えたい事はたくさんあった。今も胸の裡に渦巻いている。それを言葉に変換する術が今の彼女にはわからない。
狭いスペースの店内で、すぐ隣の席に座っている男女は、楽しそうに会話をしている。
圭輔との途切れがちな会話。 親密そうな周囲の雰囲気との落差が、ますます彼女を焦らせた。
面白味のない人間だと思われてしまうかもしれない。
何か言わないと…、鼓動がうるさすぎて、頭の中がまとまらない。
緊張を押し流すように、アイスティーを口にした。渇いた口内を心地良く潤す。
そんな英里に反して、圭輔は穏やかな微笑を浮かべたまま、彼女を優しく見つめていた。
本人は隠しているつもりらしいが、その表情から、彼女の心情が手に取るように伝わってくる。
その初な様子が、彼の目にとても愛らしく映った。
「受験勉強、頑張ってるんだな」
「…今のところ第一志望はギリギリB判定ぐらいです。まだ1年以上あるとはいえ、もっと頑張らないと…」
英里は曖昧な笑みを浮かべた。
「何かわからないところがあれば、俺が答えられる範囲なら教えるけど」
「ご心配なく、伸び悩んでるのは英語ですから」
相変わらずきっぱりと答えるところは変わらないと思うと、圭輔は苦笑を漏らした。
「ま、今日は勉強のこと忘れて息抜きしよ。メリハリつけた方が捗るしさ。これからどこ行こうか」
食べ終わった頃合を見計らって、そう明るく切り出した。


―――それから数時間後、とある公園の軒下で、英里と圭輔は無言で佇んでいた。
しとしとと降り頻る雨。雨音だけが2人を包む。
周囲には誰もおらず、まるで2人きりで隔絶されているようだった。沈黙が続く。
「…向こうの空は明るいし、たぶん通り雨だろうからすぐに止むよ」
笑顔の圭輔の何気ない言葉に、英里の胸はちくりと痛んだ。
今日一日、気の利かない自分のせいで、彼に気を遣わせてばかりいる。
あれから少しお互いの買い物に付き合った後、映画館へ行く事になったが、見る予定だった映画は封切りされたばかりのためか、生憎夜の回まで満席、それからどこへ行くにも混雑していて、挙句の果てに突然の雨にまで降られる始末。
久しぶりに会ったというのに何だか不運続きだ。
隣の圭輔に気取られぬよう、英里は静かに溜息を零した。
しばらく、また無言の時を共有していたが、
「……先生は、私のこと、どんな人間だと思ってますか?」
「え?」
唐突な彼女の問い掛けに、圭輔は答えあぐねていると、
「いい加減な人間だと思ってますよね。だって、あんなに簡単にキスするような…」
俯いたまま、英里はぽつりと呟いた。今までずっと気にしていたこと。
彼との出会いは決していいと言えるものではない。軽々しくあんな行為に及んだ自分自身が不誠実な人間だと思われているのではないか……出会ってから4ヶ月以上経過した今でも、そのわだかまりは胸の奥のどこかにしこりとして残っていた。
どんよりとした曇天の中、英里の胸の裡にもふと暗い記憶が甦ってきたのだった。
俯いた視線の先の、地面に跳ねる、大粒の雨の雫をぼんやりと眺める。


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