第7話-12
「話してない。一方的に、断っちゃったから、きっと傷付けたと思う……」
また涙腺が緩みだす。
「ねぇ、一人で抱え込まない方がいいよ。相談したら?英里のこと、きっと一番大事にしてくれる人だと思うよ」
英里は、静かに首を横に振った。
「私が、あの人を守る方法なんて、自分から身を引くしかなかったし、それに、前に付き合ってた女の人とも会っちゃって、もうどうしたらいいかわからないんだ……」
目を伏せて、軽く、溜息を吐いた。
「ほんとに、あんたって不器用なんだから」
陽菜は、ぎゅっと、英里の頭を腕に抱え込んで、頬を寄せる。
「つらいことがあったら、言ってね。何があっても、あたしだけは、英里の味方だから」
「うん、ありがと……」
嗚咽を堪えているのか、小さく震えている彼女の頭を腕に抱きながら、陽菜はある決心をしたのだった。
もしかしたら、この行動でますます関係はこじれてしまうかもしれない。
だが、長年の親友が、自分を頼ってきているのだ。
このまま見知らぬ男性と結婚させられそうになっている彼女を放っておくなんて、できるはずがない。
(大丈夫、今は、あたしが英里を守ってあげるから)
―――晴天の、白い教会の前。幸せそうな笑顔の新郎新婦がゆっくりと歩いてくる。
圭輔は、旧友の結婚式に呼ばれているのだった。
彼ぐらいの年齢になると、同級生で結婚をする友人も増え、式に出席することも多くなった。
式の後、そのまま二次会に雪崩れこみ、懐かしい面々が集まって、思い思いに話をしている。
幸せを祝ってあげなければならないはずなのに、今の彼にはそんな余裕もなかった。
(ダメだ……)
圭輔は静かに立ち上がって、早めに会場を後にしようとした時、
「あれ、圭輔もう帰るの?」
彼を引き止める女性の声が聞こえた。自然と、表情が強張る。
「悪い、絢子。今、顔を合わせたら……平静でいられる自信がない」
「え、どういうこと?」
「それは、お前自身が一番わかってることなんじゃないのか?」
鋭い視線で一瞥すると、圭輔はその場を立ち去った。
あまりの剣幕に、強気の彼女も少し怯んだ。
(何なのよ……そんなむきになっちゃって、バッカみたい!)
そう心中で毒づきながらも、ほんの少し良心が痛むのを感じた。
「……何、どうしたの絢子ぉ?」
「あれ?あいつ、もう帰ったのか?」
友人の数名が彼女に声を掛けると、
「な、何でもないわ、大丈夫」
慌てて笑顔を取り繕った。
一人、溜め息を吐く。
何故、こんなにも執着してしまうのだろう。
認められない自尊心から?
自分に靡かない彼に対して、意固地になっているだけなのだろうか。
ただ自分の条件をクリアしている男性を探しているだけなのかもしれない。
本当に彼の事を愛しているからなのか、わからない。
(何にせよ、こんな女、好かれなくて当然か……)
「ねえ」
「あ、絢子さん……」
大学の帰り、ぼんやりと駅前を歩いていると、英里は突然誰かに呼び止められた。
英里にとって、今一番会いたくない人物といっても過言ではなかった。
「そんなあからさまに嫌そうな顔しないでよ。突然だけど、今ちょっとだけ時間ない?」
「あの……」
英里は俯いて思わず口ごもる。
以前彼女と会った時のことが脳裏を過った。
「まぁ、あたしなんかと話したくない気持ちはわかるけど、これで最後よ。大事な話だから」
「……わかりました」
着いたのは、前と同じ喫茶店。
お互い席に着いて飲み物を注文し、一息つく。
「良かった、偶然出会えて。駅前の近くならいつか会えるかなって思ってたんだけど、やっぱりなかなか簡単にはいかないわね」
彼女の意図が読めず、落ち着かない英里は、正面に座る女性を見つめていた
相変わらず、綺麗で自信に満ち満ちた表情に威圧されそうになる。
「……この前は、悪かったわね」
「え……?」
一瞬、彼女が何の話をしているのか英里には理解できなかった。
「圭輔はね、あたしの家には一歩も入らなかったわ。ったく、堅物なんだから」
それから絢子は、戸惑う英里に構わず、あの日の夜のことを語り出した。
タクシーで、彼女のマンションまで着いた後、圭輔は頑として家の中にまで入るのを拒んだ。
『ねぇ、本当に中に入らないの?』
『俺は……絢子にとってそういう男じゃないから、だめだ』
その一言に、彼女はぐっと、唇を噛み締めた。辱められた怒りで体が熱くなる。
頑なに自分を拒もうとする彼に苛立ちが生じ、彼女はついに実力行使に出た。
彼の顔を両手で掴んで無理矢理振り向かせ、顔を寄せるが、寸でのところで圭輔は彼女の両肩を掴んで引き離す。彼女の体がよろめいた拍子に、唇が彼のカッターシャツを掠めて、口紅の赤い印が残る。
『絢子』
静かな声とこもった気迫。びくりと、絢子の肩が震えた。
『辛辣な事は言いたくない。これ以上はやめてくれないか』
『だって、好きなんだもの!圭輔は、私が嫌いなの!?』
圭輔は、静かに彼女の瞳を見つめた。絢子の告白に少しも心が動かされていないかのような落ち着いた様子で、真っ直ぐ彼女を見つめた。
『ごめん。絢子のこと、友達だとしか思えないんだ……俺は外で見張ってるよ。これ以上は、何も出来ない。それに、俺にはもう心に決めた子がいるから』
淡々とそう告げると、彼は外に出て、玄関のドアを閉めた。
「てなわけ。今更あたしの言う事なんて信じられないかもしれないけど、本当に何もなかったわ。悔しいけど、全然相手にされてなかったから。それどころか嫌われる寸前よ。あなた、圭輔に喋ったでしょう?」
ちらりと、絢子は英里を一瞥する。
「えっ」
ただ呆然と彼女の話を聞いていた英里は、びくりと、小さく肩を震わせる。