居場所-2
ずっと、目の前で倒れている正人を俺は見続けた。見続けることしか出来なかった。
「やめろ…」
正人はぴくりとも動かない。道路にはおびただしい血が広がっている。
「やめてくれ…」
肩に誰かが手をかける。そちらに首が向いた。真理奈が、正人を見ながら俺に話しかける。
「なんで助けないの…?」
「真理奈…手が…足が動かな…」
「正人ならあなたを見捨てたりはしない…」
「違うんだ!!体が…」
「正人を見て。あんなに血だらけになって…。あなたが誘わなければ…あなたと友達にならなければ、彼は生きていたのに…」
「やめてくれ!!助けたいんだ!手が!足が!」
「正人の代わりにあなたが死ねばよかった。あなたが死ねば、私と正人は苦しまずに…」
「やめてくれえぇぇェェッッッ!!!!」
絶叫と共に目が覚めた。体中から嫌な汗が流れ落ちる。
「夢か…」
正人が死んでから三年…記憶とは残酷だ。目を閉じれば鮮明にあの時の光景が浮かんでくる。覚えたい、残しておきたい記憶は頭から消えていき、思い出したくない、消えてほしい記憶は逆に心と頭の奥深くに残る。
窓から外を眺めると、まだ日は昇っていなかった。もう眠気はとんでしまった。煙草に火をつけ、窓を開けて空を仰ぐ。
真理奈は、いつか俺のことを許してくれるのだろうか。
俺の大切な居場所、みんなが笑いあえてた。
…俺が壊したんだ。正人が死んでからは、みんなの目には微かな悲しみが見えた。
俺は、大学を卒業した後、地元に戻ることをやめた。俺が戻ってみんなが悲しむなら、正人を思い出すなら、俺はいない方がいい。そう思った。
微かに吹いた風が頬を触る。
あの事故の後から俺は精神が、心が変わった。自分が壊れてきているという確かな事実が俺をさらに狂わせる。
今日もまた一日が始まる。俺にはもう居場所はないのだろうか…。不毛な考えを繰り返しながら、俺は風を感じていた。
その日の夜。
「マスター、瀬名さん今日来てませんけど…。何かあったんですか?」
店を閉めるとき、気になっていたことをマスターに聞いてみた。瀬名さんが来たら今まで以上に明るく振る舞おうと決めていた私は、急に肩透かしを食ったような感じに襲われた。
「隆一なら、今日は熱が出て休みだって。なに、気になってたの?」
「違います!ただ、いつも休まないのに、珍しいなぁって」
「気になってんじゃん。まぁ確かに休まれると困るんだよなぁ。うちの店人数少ないのに」
「マスター入れて五人しかいませんしね…。今日も坂本さんが入ってくれなかったらやっていけませんでしたよ…」
基本的に私は週五日で夕方からだが、瀬名さんは週二日程度で、他の日は違うところで働いている。前に建築関係の職についているとは聞いたことがある。この喫茶店でのバイトは本業で仕事がないときしているらしい。
私たちが入らない時間帯は、坂本さんという人と、同じ大学の先輩の白鳥さんが働いている。
「その坂本くんなんだが…昨日入院したらしい」
「何かあったんですか!?」
瀬名さんの話を聞いてから昨日の今日だったので、私は坂本さんに何かあったのかと不安になった。
「アパートの階段を踏み外したらしいよ。頭を怪我しなかったらよかったけど、腕やっちゃったみたい」
「じゃあしばらく来れませんね。どうするんですか?」
「とりあえず募集かけてみるけど、見つかるまでは週末もお願いしていいかな?」
「わかりました!白鳥さんと瀬名さんにも言っておきます」
「んじゃ、言っといてくれ。んじゃ、お疲れ様」
「お疲れ様でした!」