個別指導は恋の味-1
「せっかく誘いに来てくれたのに、ごめんなさいね。夕べ遅くに、急に熱を出しちゃってね」
夏休みの2日目、榎本家の玄関先で健太郎の母親と話す3人がいた。博士と理人と萌恵だ。
「夏風邪でもひいたんだと思う。だからまた治ってから誘ってあげてね」
病気で学校を休んだことがない健太郎だけに、美人の母親の表情もさすがに曇って見える。
事情はよくわかった。
仕方がないので、健太郎をのぞいた3人だけで図書館を目指すことにした。
そこは真夏のオアシス。
「シロクマって、こんな気分なのかなあ」
「ペンギンに生まれたかったあ」
「わたし、熱帯魚のお姫様がいい」
それぞれの感想を深々と述べたあとで、昨日の勉強のつづきがはじまった。
と言っても新聞の記事はやはり退屈なものばかりで、大威張りで社長になると宣言したものの、テレビ欄を見ているうちは進学だって危ういだろう。
「ボッチのやつ、どうしちゃったのかな」
「いきなり新聞なんか読んだもんだから、おかしな熱が出たんだよ」
「頭の中まで筋肉モリモリだもんな」
友達の噂話で時間をつぶしていると、
「トイレに行って来ようかなあ」
博士が独り言を言い出す。
「漏らす前に行って来いよ」
「声がでかいって」
虫を追い払うように手であおぐ理人に背を向けて、博士は駆け足でドアをくぐって行った。
トイレはすぐに見つかった。
さっぱりして、洗った手を適当にズボンで拭いながら廊下へ出ると、ちょうど女子トイレからも人が出てくるところだった。
あの人だ、と博士が思うのと同時に、
「こんにちは」
その女性は笑顔で挨拶をくれた。
「こ、こんにちは」
「きみは確か、ハカセくんだっけ?」
「そうだけど、どうして知ってるの?」
「ボッチくんから聞いたんだよ」
「えっ?」
博士少年は普通におどろいた。