まさかの自由研究-5
「その前に約束して。これはお姉さんときみだけの、2人しか知らない秘密よ。いい?」
「うん……」
無言の時間がやって来ると、クマゼミのオスの大合唱が窓の外から聞こえてきた。
メスが鳴かないことを健太郎は知っている。
クーラーが効いているのにちっとも涼しくならないのは、体温とは違う熱のせいだろう。
花の匂いが一層つよくなる。
遥香は制服のボタンをはずして、ベストを脱いだ。
「暑いの苦手だから、ごめんね」
そうことわる遥香にはすでに、切なげな笑みが浮かんでいる。
「お姉さん、悲しいの?」
「どうして?」
「だって、泣きそうな顔してるもん」
健太郎の言うとおり、遥香の両目は潤んでいた。
「じつは、目の中にまつ毛が入っちゃったんだ。それをきみに取って欲しくて」
「いいよ」
そんなことなら朝飯前だと鼻をふくらませて、健太郎は年上のお姉さんの瞳をのぞき込む。
まるできれいなものしか見てこなかったような澄んだ瞳が、まっすぐこっちを見つめ返してくる。
「やさしくお願いね」
甘味料をたっぷりふくんだ甘い声で、小学生相手でも主導権をゆずらない遥香。
こういうときにこそ、大人げない自分が出てしまうことをよく知っている。
「どっちの目が痛いの?」
「うんとね、きみから見たら左の目。だから──」
「右目だね」
「うん」
そんな会話を交わしながらも、わかりやすいくらいに健太郎は動揺していた。
もっと近くで見ようと思って顔を接近させると、相手の顔のどこにどんな色の化粧が塗ってあって、唇がどんなにやわらかい素材でできているのかまでもが、わかりそうな気がした。
「まつ毛、入ってなさそう?」
「ええと、うんと、なかなか見つかんない」
恥ずかしい気持ちを押し隠して、少年は一途に捜索活動をつづける。