夏草のしおり-1
平日だと思って普段どおりに出勤してみると、開館前にもかかわらず、図書館のエントランスはたくさんの人であふれていた。
下は小学校低学年から、上はおそらく大学生までがほとんどだろう。
学校は今日から夏休みなんだね──。
今井遥香(いまいはるか)は横目で彼らを確認しながら、職員用の出入り口から建物の中へ入った。
エレベーターで3階へ上がり、廊下を右へ折れたところに女子更衣室がある。
ロッカーの中には、夏物の制服の上下がかかっている。
遥香は少し汗ばんだ私服を脱いで、それらに身を包む。
さすがに冬服よりも肌の露出が多いのは仕方ないが、遥香はこの制服をとても気に入っていた。
空調さえ28度に設定しておけば、暑くもなく、寒くもなく、化粧くずれを心配する必要もない。
白いシャツの上から、薄手のタータンチェックのベストを羽織るので、下着が透けて見えることもない。
黒いタイトスカートの丈は短めだけれど、同性から嫌みな目で見られるほどの効果もない長さである。
スリットも標準におさまっている。
そして首に巻くチョーカーも、できるだけフォーマルなものを選び、その日の気分で付け替えたりしてオシャレを楽しむ。
ロッカーの扉に付いた鏡に自分を映して、ファンデーションを塗りなおす。
25歳の肌がさらに若返る。
「笑顔、笑顔」
独り言をつぶやいたあとで、営業スマイルを保ったまま更衣室を出た。
ふたたびエレベーターで2階へ下りて、正面のドアをくぐればカウンターに出られる。
「おはようございます」
早朝出勤の職員に挨拶をしつつ、遥香はカウンターには出ずに、別のドアの鍵を開けて中へ入った。
そこは一時保管用の書庫である。
その内訳は、一般家庭から持ち寄られた古びた本や、各書店からの善意が詰まった書籍などで占められている。