THANK YOU!!-1
１万kmも離れた遥かの地で、将来の約束を交わした恋人が頑張っている。
なら、誰より自分もその隣で笑えるように頑張りたい。
丸一日トランペットの練習で疲れた身体を慰めながら、瑞稀は自分の部屋に戻ってきた。
５年前から住んでいる、一人では広くて特に飾り気のない部屋。
テーブルにケータイを置いたリビングを過ぎ、奥にある自室に行くとトランペットなどの荷物を下ろす。
クローゼットからスウェットを取り出し、そのままシャワールームへ直行。軽く汗を流して髪を洗うとシャワールームを出る。
再びリビングに戻って時間を確認すると夜の１１時過ぎ。簡単なものでも作ってから寝ようかと考えた時、テーブルに置いたケータイが控えめな着信を告げた。
「ん・・。」
髪をタオルで拭きながら、ケータイを取り画面を見る。
そこに表示されている名前を見て、すぐに笑顔になって通話ボタンを押す。
「もしもし、拓斗？」
『よぉ。』（ここから『』は電話口を表す）
「・・一週間ぶり、かな？」
そうだな。と小さく返した電話の相手・・瑞稀の最愛の人。恋人の鈴乃拓斗。
ついこの前、日本に帰国したとき５年ぶりに再会を果たして再び恋人という関係に戻ることが出来た。
アドレスを交換して、やり取りをすることになってからもう3週間が経つ。
14時間という時差があるので基本的にメールが多いが５〜７日ごとに電話をしている。
今日は、その日。
「今日は、何かあった？」
『いや・・あ・・でも、大学の講義で愁がまたやらかしたな・・』
「そうなの？」
『あぁ・・、何かあると俺のところに来るからいちいち対処しないといけなくて面倒でさ』
そうグチグチ言う拓斗に、瑞稀は笑いを堪えるのが大変だった。よっぽど、長い付き合いである愁に振り回されているのが簡単に想像できて。
拓斗は体育大学３年。インストラクターの資格を得るために勉強していて、その傍らで様々な剣道の大会に出場しているようだ。それ自体を知ったのは日本に帰国した時だったが。
『だいたい何でアイツの保護者になってんだろうな、俺』
「そりゃあ・・付き合い長くて、阪本に好かれてるからでしょ？」
深いため息と共に吐き出された言葉に、瑞稀はクスクスと笑いながら思った言葉を続ける。
すると、拓斗は黙り込んだ。
沈黙の意味が分からず、首を傾げて電話の向こうに居る相手の名前を呼んでみる。
ふうと短く息が吐き出されたのを感じた瑞稀は言葉を待った。
『・・愁に好かれても嬉しくないんだけど』
「・・・・え？」
『だってそうだろ！何であんな面倒なヤツに好かれなきゃいけないんだよ！こっちの苦労が増えるだけだし！』
「あ、あの、拓斗？ちょ、え？」
『つかアイツに好かれてるとか寒気する！！』
「え、さすがにそれは言い過ぎでは・・」
『それに、好かれるなら・・』
ありったけの言葉が一方的に言われたかと思うと、急に言葉が切れた。
なんだろうと思ってまたも言葉を待っていると小さな声で、
『瑞稀がいい』
と耳に届く。
一瞬、何のことか分からずにいると、拓斗から同じ言葉をもう一度言われる。
『好かれるなら瑞稀がいい』
「あ・・」
今度は意味が良く分かった。分かった故に顔が真っ赤になるのを感じて戸惑う。
こんな風にストレートに愛の言葉を伝えてくれるのが嬉しい。
その特権を、失わなくて本当に良かったと思う。
「・・うん。私も好かれるなら拓斗がいい」
『俺はちゃんと好きだし』
「私だって」
『「ぷっ・・」』
拗ねるように告げられた言葉に、同じく拗ねたように返すと二人で笑い出した。
「なに言ってんだろ、私達」
『さぁ？良いんじゃないか、たまには、さ。』
笑い続けていると、『お。』という声が聞こえてきた。
「どうしたの？」
『実はリビングでＴＶつけてたんだけど、瑞稀のニュースが流れてるんだよ。』
「・・・私の？」
『あぁ。お前の。』
「・・・・それ、空港のじゃないよね」
『・・それも入ってる』
苦笑いしているような言葉を聞いて、瑞稀がため息をついて頭を抱えた。
“空港の”というのは、瑞稀がアメリカに戻る時。成田空港での、拓斗とのやり取りのこと。
実はあれを携帯のカメラ等で撮影や録画をしていた人が居て、それを動画サイトに投稿してしまったようでアメリカや日本で今話題になっているのだ。
勿論、瑞稀は既にオーケストラの仲間からからかわれ済み。コンサート等でのインタビューでも、一人日本人なことも幸いして余計に注目を浴び、マイクを良く向けられてしまう。
『・・特集みたいだな。世界で頑張る若者っていうテーマで』
「・・・そっか」
瑞稀は、拓斗の言葉に少し複雑な気持ちを抱えた。