back to the ground 〜十年後の僕へ〜-1
はるか遠く、思い出すのは、いつも子供の頃の記憶。
やけに耳に残る、あの言葉。
僕は中学二年だった。
あれは誰だったか、グラウンドの朝礼台に上って叫んだ、誰に言うわけでもない約束。
自由だった日々と、これからそれを失っていくだろうという焦燥感を抱きながら。
風のように駆け抜けた青春。
振り返れば、残るのは美しすぎる思い出ばかりで。
信頼を寄せ合った仲間たちは、今、どうしているのだろうか。
実家に車を走らせながら、ぼんやりと考える。
十年。
大人になるには十分すぎる時間で、それでも僕は自分の中の『子供』を捨てきれないでいる。だからかもしれない。久しぶりに母校を見たくなった。高校に行き、大学を受験し、恋をして、職に就き、結婚を考えて、失恋して。色々な区切りを経験するたびに、自分らしさを失くしてきた。
子供の頃持っていた何かは、なりを潜め、胸のうちで静かに呼吸をしている。
いつかこうなることは分かっていた。
だから、あの頃の僕らは必死に自分勝手に生きていた。
この肩から生えた両翼は、いつか朽ち果て、地に足を着けざるをえなくなる。
知っていた。だから僕らは輝いていた。
前方の信号が赤に変わったところで、携帯の着信音が鳴った。
「はい、もしもし」
「おう、久しぶり。俺だ。桂木だ」
「おう、久しぶり」
それは唯一、今でも連絡をとり続けている小学校時代からの友人だった。
「半年ぶりだな」
「おぉ、そんなに話してなかったか」
信号は青に変わり、僕はアクセルを踏んだ。
「仕事のほうは上手くいってるか?」
桂木は前置きのように聞いた。
「相変わらずだよ。そろそろ上司の顔に俺の黄金の右拳を叩き付けてやろうかと思ってるところだ」
「小指には気を付けろ」
「あぁ、僕の唯一の弱点だからね」
あれは中学三年の夏。ゲームセンターのパンチングマシーンで僕は女子に良いところを見せようと、かなり長い助走からパンチを繰り出そうとしていた。しかし助走をとっている途中に足を滑らせて、パンチングマシーンに頭から突っ込んだ。結果は12ポンド。その前にキャッキャ言いながら女子が撫でる様に当てたパンチよりも弱かった。更に、転んだ際に変な風に手を地面についてしまい、小指があらぬ方向に向いてしまった。
結果、女子よりも弱い頭突きの威力と、黄金の右拳の小指骨折。まぁ、その場は笑いを取れたので満足したわけだが、今思うと若かったなぁ、ホントに。無茶苦茶だぜ、オレ。
「そっちはどうよ?研究は進んでる?」
「いや、全然だね。やっぱ院生ともなるとね、ほとんど休みなしで暗い研究室に篭りっきり」
「不健康万歳」
「不健康万歳」
電話の向こうから笑い声が聞こえた。その独特な笑い方に、懐かしさを感じ、まるで時間が止まったような錯覚を覚える。
車内には繰り返し、同じ音楽が鳴り続ける。それは少年時代、よく耳にしていた曲。今の僕の心には響かない歌詞と音色が、無視することの出来ない時の流れに現実味を添える。
その、澄んだ声で、澄んだ詩を。
どこまでも自由に響かせる。
僕は窓の外を見遣る。
切実に求める、それはきっと、ずっと、ずっと向こう。
「なぁ」桂木はタイミングを計ったかのように切り出した。
――― 覚えているか?