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back to the ground 〜十年後の僕へ〜
【青春 恋愛小説】

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back to the ground 〜十年後の僕へ〜-2

それは文化祭の日だった。
学校は普段の倍以上の人で溢れ、それぞれがクラスの催し物に従事し、遊び、非日常を楽しんだ。
空は暮れはじめ、一日の終わりを予感させる夕日に背を向けて。
全生徒がグラウンドに集まった。
それぞれが達成感と寂寥感に溢れて、閉幕の言葉を待っていた。校長先生のありきたりの言葉も終わり、生徒会長が朝礼台に立った。
「皆さん、お疲れ様でした。文化祭は無事、閉幕となります」
その言葉と共に、生徒は散り散りになっていく。
僕は、思いを馳せていた。
文化祭の実行委員に推薦されてしまい、嫌々ながら会議に出席したこと。夜遅くまで準備をしていたこと。出し物の喫茶店が、予想以上に繁盛したこと。
周りを見渡すと、方々に散っていく沢山の人たち。
いつか僕たちは、それぞれの道を見つけ、こんな風に散らばっていくんだ。
だからここは、きっと分岐点なんだ。
もう戻ることのない、分岐点なんだ。
そう思うと、込み上げてくるものがあった。
「え〜、とても私事ですけど」生徒会長は朝礼台に立ったまま続けた。
「私、この文化祭を最後に生徒会長を引退します」
教室へと引き返していく人の波が止まる。
「来週に転校することが決まっています。だからこの文化祭が最後だと分かっていました。最高の思い出にしようと、みんなに無茶苦茶な注文をつけたと思います。ごめんなさい」
語尾が震えていた。
空は紫色にその身を変えて、
僕らは、限りない切なさに揺れる。
「でも、ありがとう。みんなありがとう。私に、これ以上の仕事はできません。満足です」
ぱちぱち
何処からともなく拍手が上がった。
伝染するように、生徒たちは手を叩きだした。
生徒会長は下を向いて声を上げて泣き出した。傍にいた誰かが、彼女の肩に手をやる。そしてマイクに向かった。
「えっと、それじゃ、僕も一言。僕は三年生ですから、今年でこの学校を離れます。そして三年後はこの街を離れます。十年後は、どこで何をやっているか分かりません。けれど、どこで何をやっていたとしても、根源はここに在ります。この学校で過ごした三年間にあり、この学校の仲間と過ごした三年間に在ります。だから、きっと十年後の僕も、胸を張って生きていると思います」
十年後、僕は何をしているだろうか。
普通のサラリーマンになって、普通の家庭を持っているのだろうか。
定職を持たずに、アルバイトでその日暮らしの日々だろうか。
もしかしたら、勉強嫌いなのに研究職とかに就いているかもしれない。
どんな立場に立っていたとしても、そう、僕はきっと思い出す。
とても不確かで、朧げなこの時代。
「僕はきっと忘れない。十年経っても、二十年経っても、きっと忘れない」
そうだ!
俺も忘れないぞ!
歓声が上がる。
輝きを失うことを知っている。
羽は、風を掴めなくなることを予感している。
僕たちの前に広がる空は、無限ではないと。
既に気付き始めている。
だから誰もが、自身に言い聞かせる。
『この時を忘れない』と。
とても空々しく、響く。
誰も教室に戻ろうとはしなかった。
生徒も先生も、誰もかも。
♪〜
ふいに校庭に音楽が流れた。それは給食の時間や掃除の時間に流れる単調なメロディーではなく、何か遠い異国の歌詞だった。
そこに含まれる意味は分からない。ただ、澄んだ女性の声は、緩やかに哀しみを運ぶ。
無風に乗せて、哀しみを運ぶ。
届けばいい。
このまま、十年先の未来へ。
遥か、十年先の僕らへ。


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