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back to the ground 〜十年後の僕へ〜
【青春 恋愛小説】

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back to the ground 〜十年後の僕へ〜-5

「菊池」
呼ばれて、アップを済ませた菊池は立ち上がった。「交代だ」
すれ違いざま僕は彼に、小さな声で呟いた。「ごめん」
監督は僕の名を呼び、学生時代のサッカーは終わりを告げる、はずだった。
「嫌です」菊池は監督の指示を跳ね除けた。「彼とは代わりません」
「なに?」
その場にいた誰もが唖然とした。最後の最後で、今まで従ってきた監督の言葉を否定した。
「彼と一緒にやらせてください」
たった一度も。
そう、たったの一度も。
僕らは同じピッチの上に立ったことは無い。
試合の中でパスを交わしあったことが無い。
だからせめて、最後の三十分だけでも。
菊池は自分が越えられなかったプレイを体感したかった。
僕は自分が憧れたプレイに触れたかった。
「いいだろう」
負けは決まっていた。
けれど。
どうしてだろう、僕はワクワクする。
初めてボールを蹴った時のように。
「さぁ、楽しもう」菊池は言った。

そして、僕らは共鳴する。

――― 最終スコア、5対6
菊池は4得点。僕は5アシスト。
瞬くような時間だった。僕のパスは全て彼が引き出し、寸分無くゴールを捉えた。天才だ、と思った。そしてその天才を、僕が生かしているのだと実感した。
歓声は寧ろ、僕らに向けられていた。
「どうだった?最後のサッカーは」菊池は言った。彼はまだ満足していないようだった。
僕は知らず、涙を流していた。「ありがとう」
僕は満足感でいっぱいだった。
これからもサッカーを続けていくべき人間と、そうでないものの差は、その表情に表れていた。
「これからも頑張れよ」僕は言った。
「あぁ、やっていくさ」彼は答えた。
最後の試合を終えて、僕らは同じチームでありながら、ユニフォームを交換した。
多分、あの三十分間の為だけに、僕はサッカーを続けたのだろう。
だから僕が、あの日以来ボールを蹴っていないのは必然で。
あの試合を経て、ボールを蹴り続けた菊池がプロ選手になっている現在もきっと必然だろう。
星は、輝き続けている。
僕のなかの、永遠の三十分。
彼が越えたもの。
僕が刻んだもの。


信号は幾度か赤と青を繰り返していた。
僕は我に返り、歩行者信号を確認して横断した。
そして、十年ぶりの母校に。
どこか懐かしく、どこかよそよそしく、学校は僕を迎え入れた。
「はは」
思わず笑みがこぼれた。そこかしこに、思い出が散在し、視線を向けるだけで去来する景色。体育館、職員室、放送室・・・。
ゆっくりと歩く。
失くした何かを見つけるように。
まるで時間がとまったように。
いや、時間が遡ったように。
「こんにちは」
初老の女性が立っていた。
「・・・もしかして、茜先生?」
「えぇ、そうですよ」
三年生の時の担任だった。
「先生、お久しぶりです」
「えぇ」
「十年、経っちゃいましたよ」
「えぇ」
「でも、僕はまだ大人にはなれません」
「そんな事はないです。もう立派な大人ですよ」
「今も、ここの先生を?」
「えぇ、一応、校長を勤めさせてもらっています。去年から」
「お、凄いですね。授業中に居眠りしてしまうような先生が校長に」
「時効ですね、それは」
「変わってませんね」
全然、変わっていない。先生も、学校も。
「えぇ、変えませんでしたから。そう努力しました。貴方たちが帰ってくるまで」
貴方たち?
不思議そうな顔をする僕に、先生は言う。
「校庭に行ってみなさい」


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