看病ノススメ-2
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――海底城を抜け出して幾月か経ったある日。
久しぶりに軽い風邪を引き、エリアスは宿のベッドで横になっていた。
熱もそんなに酷くはないし、大人しくしていれば明日には下がるだろう。
問題は……
「ほら、エリアス。あーん、しろよ」
ご満悦なニコニコ顔で、ミスカがお粥のスプーンを突き出す。
「自分で食べれます!」
真っ赤な顔でエリアスはスプーンを奪い取ろうとしたが、さっと避けられてしまった。
「病人は大人しく看病されるもんだぞ」
ミスカが口を尖らせる。
「俺はこの機会を、ずーっと待ってたんだからな!」
「はぁ!?わたくしが風邪引くのを、ずっと待ちかまえていたのですか!?」
「……うーん。ま、そーいうことになる」
流石にきまり悪そうな顔になったミスカから、お皿とスプーンを取り上げた。
「あ!」
「身体が動かないわけでもないのに、そんな事をされたら、かえって食べにくいのですよ」
パクパクと素早く食べ、ニッコリ笑って空の皿を押し付けた。
「はい、後片付け。こちらは宜しくお願いいたします」
「あー、はいはい。そんじゃ俺はもう、余計な邪魔しませんよ」
ぼやきながら、ミスカは宿の食堂へ皿を返しに行く。
(まったく……)
エリアスは溜め息をつき、布団をかぶって横たわる。
しかし目を瞑る気にはなれず、扉を眺めて待っていた。息を潜めしばらく待っていると、やはり音もなく静かに扉が開く。
宿の軋む階段や廊下も、ミスカなら音を立てないのは簡単だ。
エリアスと視線が合うと、ぎょっとしたように金色の目を見開く。
「寝てたんじゃねーの?」
「寝ておりますよ」
目を瞑り、横たわったまま、掛け布から片手を伸ばした。
宿の部屋は狭いけど、流石にこのままではミスカに届かない。
恥ずかしくてたまらないが、まぁいいだろう。『風邪を引いたエリアスは、熱にうかされて寝言を言っているだけ』なのだから
「手……握ってください」
ベッド脇の椅子にミスカが腰掛けるのが、気配でわかった。
熱で熱くなった手が、大きな手にひんやり包まれる。
「頑固者の看病は、楽しくて大変だ」
可笑しそうに、ミスカが小声で笑う。エリアスの大好きな声で。
独りと独りじゃなく、ここに一緒にいる。
目を閉じたまま、エリアスも口元をほころばせ、ゆっくりと眠りに落ちた。
終