I-9
「明日も、暑くなりそうだな」
帰路に着いた林田は、夜空を仰いだ。夏空らしく星の数が少ない。
「林田先生!」
追って来た雛子の声。林田は立ち止まって振り返る。
「どうしたんですか?」
「忘れ物です」
差し出されたのは一升瓶。林田は思わず、表情を崩した。
「次のきっかけにと、わざと置いて来たのに」
「だって……寝酒が無いと困るでしょう」
雛子はそう言って、林田に一升瓶を握らせた。
「仕方ない……有難く持って帰ります」
「それじゃあ」
「あっ、待って下さい」
帰ろうとする雛子を、今度は林田が止めた。
「夕方、校長の隣にいた男は誰なんです?」
「それは……」
雛子は、様々な考えを巡らせる。調査結果前の今、未だ高坂以外に知らせるべきで無いと思えた。
「ご免なさい……今は、お答え出来ません」
「そうですか。残念です」
予想していたのか、林田に落胆の様子は無い。
「じゃあ時が来たら、一番に教えて下さいよ」
その口ぶりは、何時もの林田に戻っていた。
「分かりました。必ずお教えします」
「では、お休みなさい」
道の途中で二人は分かれた。雛子は、遠ざかる背中を暫く見詰めた後、振り返って自宅へと歩き出した。