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「ふたつの祖国」
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前編U-9

 食事を終えた二人は、場所を変えた。李の私室で酒を酌み交わすようだ。
 だが、呑んでいるのは恭一だけで、李は煎じ薬の様な物を口に運んでいた。

「ミッシェル・クーの件では、本当にお礼の言い様も有りませんでした」

 李は四年前、CIAエージェントととは気付かずに、ある女性を秘書として雇っていた。
 それを恭一が“最も効果的な方法”で、秘密裏に排除してやったのだ。

「当時、“とんでもない”組織と敵対していた私を、貴方は匿ってくれた。
 貴方の助力が無ければ、私は確実に抹殺されてたでしょう。お礼を言うのは私の方です」

 恭一は四年前、佐倉和樹の名誉を回復する為に、防衛省情報部や公安の特殊部署と戦った。
 この時、李の客人として匿われた事により、敵は手を出し難くなったのだ。
 二人は暫くの間、昔話に花を咲かせた後、現状を嘆いた。

「あの頃は、中国と日本が、今まで以上に友好を確かめ合うと思ってましたが……」

 李の言葉に、恭一は肯く。

「御国が“覇権主義”に拘る間は無理でしょう。十年前までは台湾侵攻を掲げてアメリカを怒らせた。
 そして今は、日本のみならず、他の近隣諸国の国境で小競り合いを繰り返している」
「なまじ、資本主義のエッセンスを知ったばかりに、大きく膨れ上がってしまった」
「その経済も、破滅のカウントダウンが始まった。リーマン・ショック以上の震撼が、世界中を巻き込むはずです」

 この意見に、李は力無く笑った。

「私の友人逹も、続々と海外に逃げ出している始末……。中国はおそらく、文化大革命以前の経済状態に没落するでしょう」
「それどころか、中国自体が消滅するかも知れません」

 恭一の言葉を、李は否定出来ない。近年、中国共産党は、民衆の経済格差に対する不満解消に反日を利用してきたが、それでも民衆の不満は治まらず、暴徒と化すデモが増えてきたからだ。

「そうなると、我々への態度も変化するでしょうな?」

 李は華僑首領として、今後、日本人は在日中国人に対し、どの様な態度に出るかを訊いた。
 恭一は少し考えてから「あくまで私見ですが」と前置きして語り出した。

「多分、日本人の本音は“余所者”を認めません。ですから万一、内戦が起きて大量の難民が発生したとしても、受け入れるのは極一部でしょう」
「しかし、朝鮮戦争の時は大勢の朝鮮人を受け入れたじゃないですか」

 李の反論に、恭一は首を振った。

「あの結果、この国は“敵対国”としての扱いを受ける様になりました」
「しかし……」
「──日本は、大東亜戦争の清算、御国や韓国、北朝鮮との賠償責任を果たしています。個人賠償をも含めて。
 しかし、結果は“恨”だけを増長させて、相変わらず謝罪と賠償と言って集ってくる」

 恭一の言葉は、徐々に熱を帯びて来た。


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