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「ふたつの祖国」
【その他 推理小説】

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前編U-22

「ハ……ハハハ……」

 恭一は、笑うしか無かった。

「ハハ……これで、また一人になっちまった」

 公安外事部はその特殊任務から、社会との接点が少ない者だけで構成されている。他国の諜報機関に殺されたとしても、悲しむ人間は少ない方が良いからだ。
 自分と言う存在を知ってもらいたい──普通の社会生活を築きたくて、探偵を隠れ蓑に産業スパイとなった。
 高額な報酬を得て、人に感謝される。公安の様な騙し合いの無い事に素直な喜びを感じたが、それも暫くの間だけだった。
 ターゲットの殆どは日本企業であり、クライアントの八割が韓国、中国、台湾と言う現実を知り、恭一は次第に後ろめたさを感じていった。
 そして、四年前をきっかけにして産業スパイからも退いた。
 探偵なら、仕事の殆どは人の人情沙汰である。深く関わる事も無く、気楽に打ち込めると考えていたのに、何故か、恭一の心は次第に褪せて行った。
 時を同じくして“昔の仲間”から齏される内外の情報に、自分とは関係無いと否定しながらも、何もしない事に苛立ちを覚える日々。

「一体……何の為に辞めたんだ」

 社会との接点を築きたい、仲間との時間を過ごしたいと思っていた筈なのに、自分は何時の間にか、それらを遠ざけていた。

「まだまだ未熟だな……俺も」

 往々にして知る、失った物の大きさ──唯、恭一の胸中に失望は無い。が、どう拾うべきなのかと迷っていた。





 朝の定例報告会が始まった。課長の加藤清治に相対し、強行犯係の各班が、担当した案件の進捗状況を報告する場である。
 強行犯係は一班四名、五班二十名で構成され、その各々が予め作成した資料を配布して報告する。
 因みに、相関関係を表したボードが用いられると思われ勝ちだが、あれはテレビドラマの話であり、若し、実際に用いられた場合、マスコミへの情報漏洩を防止出来ないだろう。

「──では次、島崎班」

 加藤の傍らに座る高橋に促され、島崎の報告する番となった。

「はい……」

 島崎は、B5サイズ程の用紙数枚に書いた資料を、ゆっくりと読み出した。
 彼は、昨夜発生した野村年男について、自分達の見解が検視結果と異なる事等から、案件の引き渡しを生活安全係に申し出た事、次に遺体受取人である林原直子の住所が出鱈目だった事の二点だけを報告した。

「──野村年男につきましては引き続き、管理区域の火葬場やごみ焼却場に協力を要請し、遺体発見に動きます」
「分かった、ところで……」

 加藤は報告に頷くと、資料から目を離して、

「──酸化鉄の件はどうなった?」

 島崎に、前日報告分の進捗具合を訊ねた。

「そちらは、未だ判りません」
「では、野村年男が生前に述べた、目撃証言の裏付けの方は?」
「そちらも、未だ特定に至ってません」
「そうか……残念だな」

 報告に加藤は、珍しく落胆の色を表した。
 部下が成果を出せば努力を労い、逆に不首尾の場合は黙したまま口を挟まない。
 そんな男が不満を顕にしたのが、島崎には不可解に見えた。


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