前編U-20
「あ?ああ……」
四年間は、一人の女と過ごす歳月としては長い──そう感じた恭一は嬉しそうだが、五島の表情は何処か硬かった。
「結婚は?」
「二年前に……」
「おいおい!良かったじゃないか」
恭一は破顔した。苦楽を共にしてきた仲間が、遂に、安住の地を見付けた事を心から祝福した。
「……子供もよ。もうすぐ一歳半になる」
五島が、ポケットから携帯を取り出して掲げた。
ディスプレイに、愛苦しい女の子が此方向きで笑っている。それを見詰める眼に、かつての粗暴さは微塵も感じられず、慈愛に溢れていた。
そんな姿を見た恭一は、喜びと共に、己の蒙昧さを悔いた。
「また……何かやるのか?」
それは呑み出して一時間が過ぎた頃、徐に五島が切り出した。
「何の話だ?」
「惚けるなよ、仕事の話に決まってるだろ」
語気を荒げる五島だが、恭一は全く意に介さない。
「何を勘違いしてるのか知らんが、俺は久しぶりにお前と呑みたかっただけだ」
「本当に何も無いのか?」
「本当も何も、俺はあの日を最期に、探偵に戻ったんだ」
そう答えた一瞬、五島が安堵の表情になったのを、恭一は見逃さ無かった。
「だから、もうお前と仕事する事も無い。安心しな」
少し揶揄する言い方だが、五島には通じない。
「だからって、毎晩遅くまで呑み歩くのは、不味いんじゃないのか?」
「お前……俺を」
恭一の表情が強張る。監視されていたとは、微塵も感じ無かったからだ。
しかし、答えは意外だった。
「勘違いするな。美那って元バイトが、俺に連絡して来たんだよ。何とかしてくれって」
「チッ……あの馬鹿」
恭一は、一つ悪態を吐いて口を閉じた。
流れていたジャズピアノが止み、サックスに変わった。
コルトレーンが奏でる哭く様な音色は、人間の魂に訴え掛ける様だ。
「……お前、辞めた事を後悔してるんじゃないのか?」
五島が訊ねる。彼も美那と同様、脱け殻の如き様相を懸念しているのだ。
しかし、恭一は笑って受け流す。
「冗談を言うな。今更、あんな世界に戻りたいものか」
「でも……お前、酷く退屈そうだな」
恭一は言葉も無かった。ずっと憂鬱な心の内を、五島はあっさりと見抜いたのだ。
「買い被り過ぎだ。俺は漸く出来た暇を楽しんでるんだ」
そう言葉にしながら、恭一は別の事を考えていた。