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大陸各地の小さな話
【ファンタジー その他小説】

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 かつて多くの魔術師や錬金術師が、血の滲むような努力で追い求めた『生命の創造』という難題。

 サーフィを造ったホムンクルス技術は、その叡智の結晶だ。
 しかしそれは特殊な薬品と、とても難解な技術を必要とした。
 そして何より、母体を犠牲にしなければならなかった。
 ホムンクルス薬を注入された女性は死ぬ。その命と引き換えに、彼女そっくりの存在はガラス瓶の中で生を得るのだ。

 一つのマイナスと一つのプラス。差し引きでゼロ。
 変わらない命の個数。

 だから『創造とは、増産を前提とした行為』と考えるヘルマンは、ホムンクルス技術は失敗作だと思っている。


 ********


 サーフィを抱き締める氷の魔人が、小さな愉悦のうめきをあげた。子宮に子を形成する体液が注がれていく。
 今まで抱かれた回数は、どれほどになるのだろうと、快楽の余韻にぼんやりしながらサーフィは考える。



 翌朝、サーフィの目覚めは余り快調ではなかった。
 なんだか少し身体がだるく、熱っぽいような気がする。
  剣士として鍛えているせいか、風邪など滅多に引かないのに。
 ヘルマンはいつも通り、とっくに起きて(彼が眠るのは情事の後のほんの2、3時間だ)研究室にいるらしい。
 だるいとは言え、寝込むほどではないので、サーフィは着替え、朝食を作ろうとキッチンに降りた。

 そして……

「サーフィ。体調が悪いなら、早く言ってください」
「はい……」

 寝室で横たわったサーフィは、情けない顔で頷く。
 大好きなホットミルクの匂いを嗅いだ瞬間、なぜかとてつもない悪臭が鼻をつき、耐え切れず嘔吐してしまったのだ。
 胸のムカツキは納まらず、青ざめて床にうずくまっていた所をヘルマンに発見された。

「あのミルクは、腐っていたのでしょうか?」

 溜め息まじりにサーフィは呟く。
 今朝方、配達やさんが届けてくれたばかりだし、春といってもまだ雪の残る寒い季節だ。
 しかしあの悪臭は、腐っていたとしか思えない。

「いいえ。特に悪くはなっておりませんでしたよ」

 ヘルマンが首を振る。

「それより、僕は他に気がかりなことがあるのですが」

 そして酷く真剣な顔で、いくつか質問をした。
 サーフィは答えながら、だんだんとヘルマンの顔が険しさを増していくのに怖くなる。
 ヘルマンはサーフィの熱を測り、衣服を脱がせてあちこちを診察する。体液などを採取し、研究室へ駆け込んで行ってしまった。

 独り残されたサーフィは、頭から布団をかぶって目をぎゅっと瞑る。
 怖くて不安でたまらない。

 ヘルマンは並みの医者より、よほど医学に精通している。ただの風邪くらいなら、すぐ薬を調合してくれるし、サーフィが流行病にかかった時だって、あんな険しい顔はせず、適切な治療をしてくれた。
 そんな彼でも厄介だと思う、とんでもない病気なのかもしれない。

(もしかして……死?)

 あいかわらず身体は熱っぽいし、胃もムカムカして食欲がまるでない。こんな状態は生まれて初めてだ。
 怖くて怖くて、さらにムカムカは酷くなり、喉へ嗚咽が詰まる。

 サーフィは死が怖い。
 死は誰でも怖いだろうが、サーフィは幼い頃から、人よりずっとそれに近い場所にいた。
 国王に飽きられ、生き血を貰えなくなれば、すぐさま死んでしまう。
 生殺与奪を握られ、見えない血の刃は、常にサーフィの喉元にあった。
 だからこそ、死神の足音を誰よりも恐れた。がむしゃらに剣術を磨き、生き血を貰えるよう仇に媚へつらった。
 それでも、生きるために必死であがきながら、一度は死んでもかまわないとさえ思い、城を無謀に抜け出そうとしたのだ。
 なのに、あんな決意や勇気は、もう微塵も残っていない。

 布団をかぶったまま蠢き、熱っぽい頬をシーツのひんやりした部分に押し当てる。零れた熱い涙が、肌触りの良い布へ生ぬるい染みをつくる。

(私、とても贅沢になってしまいました……)

 自分が情けない。
 大好きなヘルマンと、諦めかけていた自由まで得て、信じられないほど幸せな日々を過ごすようになったら、もっと死が怖くなった。
 いつか、欲しいもの全てを手に入れたら、その時は笑って死ねるのだと。だからそれまで必死に生きるのだと、自分を励まし生き抜いてきたのに、どういう体たらくだ。
 まだまだ、もっともっと、ずっとずっと、この幸せな日々を続けていたい。
 不老不死を望む人々の気持ちが、初めてわかった気がした。




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