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かつて多くの魔術師や錬金術師が、血の滲むような努力で追い求めた『生命の創造』という難題。
サーフィを造ったホムンクルス技術は、その叡智の結晶だ。
しかしそれは特殊な薬品と、とても難解な技術を必要とした。
そして何より、母体を犠牲にしなければならなかった。
ホムンクルス薬を注入された女性は死ぬ。その命と引き換えに、彼女そっくりの存在はガラス瓶の中で生を得るのだ。
一つのマイナスと一つのプラス。差し引きでゼロ。
変わらない命の個数。
だから『創造とは、増産を前提とした行為』と考えるヘルマンは、ホムンクルス技術は失敗作だと思っている。
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サーフィを抱き締める氷の魔人が、小さな愉悦のうめきをあげた。子宮に子を形成する体液が注がれていく。
今まで抱かれた回数は、どれほどになるのだろうと、快楽の余韻にぼんやりしながらサーフィは考える。
翌朝、サーフィの目覚めは余り快調ではなかった。
なんだか少し身体がだるく、熱っぽいような気がする。
剣士として鍛えているせいか、風邪など滅多に引かないのに。
ヘルマンはいつも通り、とっくに起きて(彼が眠るのは情事の後のほんの2、3時間だ)研究室にいるらしい。
だるいとは言え、寝込むほどではないので、サーフィは着替え、朝食を作ろうとキッチンに降りた。
そして……
「サーフィ。体調が悪いなら、早く言ってください」
「はい……」
寝室で横たわったサーフィは、情けない顔で頷く。
大好きなホットミルクの匂いを嗅いだ瞬間、なぜかとてつもない悪臭が鼻をつき、耐え切れず嘔吐してしまったのだ。
胸のムカツキは納まらず、青ざめて床にうずくまっていた所をヘルマンに発見された。
「あのミルクは、腐っていたのでしょうか?」
溜め息まじりにサーフィは呟く。
今朝方、配達やさんが届けてくれたばかりだし、春といってもまだ雪の残る寒い季節だ。
しかしあの悪臭は、腐っていたとしか思えない。
「いいえ。特に悪くはなっておりませんでしたよ」
ヘルマンが首を振る。
「それより、僕は他に気がかりなことがあるのですが」
そして酷く真剣な顔で、いくつか質問をした。
サーフィは答えながら、だんだんとヘルマンの顔が険しさを増していくのに怖くなる。
ヘルマンはサーフィの熱を測り、衣服を脱がせてあちこちを診察する。体液などを採取し、研究室へ駆け込んで行ってしまった。
独り残されたサーフィは、頭から布団をかぶって目をぎゅっと瞑る。
怖くて不安でたまらない。
ヘルマンは並みの医者より、よほど医学に精通している。ただの風邪くらいなら、すぐ薬を調合してくれるし、サーフィが流行病にかかった時だって、あんな険しい顔はせず、適切な治療をしてくれた。
そんな彼でも厄介だと思う、とんでもない病気なのかもしれない。
(もしかして……死?)
あいかわらず身体は熱っぽいし、胃もムカムカして食欲がまるでない。こんな状態は生まれて初めてだ。
怖くて怖くて、さらにムカムカは酷くなり、喉へ嗚咽が詰まる。
サーフィは死が怖い。
死は誰でも怖いだろうが、サーフィは幼い頃から、人よりずっとそれに近い場所にいた。
国王に飽きられ、生き血を貰えなくなれば、すぐさま死んでしまう。
生殺与奪を握られ、見えない血の刃は、常にサーフィの喉元にあった。
だからこそ、死神の足音を誰よりも恐れた。がむしゃらに剣術を磨き、生き血を貰えるよう仇に媚へつらった。
それでも、生きるために必死であがきながら、一度は死んでもかまわないとさえ思い、城を無謀に抜け出そうとしたのだ。
なのに、あんな決意や勇気は、もう微塵も残っていない。
布団をかぶったまま蠢き、熱っぽい頬をシーツのひんやりした部分に押し当てる。零れた熱い涙が、肌触りの良い布へ生ぬるい染みをつくる。
(私、とても贅沢になってしまいました……)
自分が情けない。
大好きなヘルマンと、諦めかけていた自由まで得て、信じられないほど幸せな日々を過ごすようになったら、もっと死が怖くなった。
いつか、欲しいもの全てを手に入れたら、その時は笑って死ねるのだと。だからそれまで必死に生きるのだと、自分を励まし生き抜いてきたのに、どういう体たらくだ。
まだまだ、もっともっと、ずっとずっと、この幸せな日々を続けていたい。
不老不死を望む人々の気持ちが、初めてわかった気がした。