『SWING UP!!』第16話-2
ぐい…
「!!??」
しかし、何か得体の知れない力に引き寄せられて、葵は飛び込むことが出来なかった。葵の目の前で、列車はそのまま、何事もなかったかのようにホームを通過していった。
「な、に…?」
腕が、“なにもの”かに引っ張られている。
「こんばんは」
その“なにもの”が、やけに陽気な声で語りかけてきたものだから、葵は、何か拍子抜けしたような気分で、飛込みを妨げられた恨みを込めて、睨みつけることが出来なかった。
「電車に飛び込むのは、他の人の迷惑になるので、あまり頂けませんよ。それにもう終電も間近だから、夜遅くまでがんばっていた人たちに、電車の中や駅のホームで夜を空かすことをさせるなんて、あまりに可哀相じゃありませんか」
「………」
「僕は、血を見るのも苦手なので、こうやって手を伸ばすことになりました」
「………」
「手を伸ばした以上は、貴女の身の上について、僕は、責任を持つ理由と、覚悟があります」
「……?」
「話を、聞かせていただきましょう」
「……!」
ぐい、と腕を更に引っ張られて、葵は何か大きな力の中に取り込まれた気分になった。自分の飛込みを止めた青年に、抱きしめられていることは、己の身体が放つ悪臭にまぎれて、何か“命の香り”を感じたことでわかった。
「は、はなして……わたし、いま、くさいから……」
「そうですね。とても、ひどいにおいをしています」
「だ、だから、はなしてよぉ……」
「それじゃあ、貴女から、はなしてくれますか?」
「わたしから、はなす、の……?」
「ええ。貴女ことを、話していただきたいのです」
「はなしきいてくれるの………?」
「はい。ぜひ、聞きたいです」
完全に葵は、毒気を抜かれたようになった。本当なら強引にでも振り切りたいところなのだが、なぜか、このままでいたいと思わせる不可思議な力を、その腕から感じることが出来た。
「う……」
やがて、何かを取り戻したかのように、葵の目に、光と雫があふれた。
「うああああぁああぁぁん、わあああぁあぁぁぁあぁぁぁん、あああぁああぁぁあぁぁっっっ………!!」
今度はまるで童女のように、葵は、青年の腕に抱き締められたまま、ホームの中でいつまでも泣き狂っていた。……』