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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』第16話-14

(葵自身の中で、変化があったということか……)
 そんな思考に沈みながら、誠治はしかし、能面の投球モーションをしっかりと捉え続けていた。複数の思考を同時に淀みなく進行させることができるのは、誠治の武器である。
「ストライク!」
 見上げるほどの長身から腕が振られ、内角に抉ってくるような球筋の直球を、誠治は少しも動かずに見送った。歩かされることも想定していたが、初球を見る限りそれはなさそうだ。
(前の試合では、やられてしまいましたからね)
 蓄積した疲労から下半身の安定を崩し、打撃フォームをわずかに乱した前期は、法泉印大学との“天王山”ではまともに打てなかった。そのため、好敵手・天狼院隼人との勝負が、彼の“勝ち逃げ”によって終わってしまったのは、非常に残念なことだった。
 下半身の粘りを失ったことの反省として、前期日程の終了と同時に、階段昇降やプール・ウォーキングを中心としたメニューによって、下半身の体幹強化に乗り出したのは、触れた通りである。
 不整脈を患い、いまは主治医の許可が出ているので運動も出来るようにはなったが、“無理は禁物”だと、口を酸っぱく言われ続けていて、特に“全力で、長い時間、身体を動かす”という行為は、誠治には奨められないことだった。
(………)
 下半身強化のためのトレーニングをする傍らには、常に葵がいてくれた。逸る気持ちは、葵という存在がいることで、抑えることができた。
 それが当たり前のように思っていた誠治だったが、考えてみれば、どれだけ恵まれていて、幸せなことだったか、忘れてしまっていたのではないかと、ふと、思い起こした。
(僕も、まだまだ、だったんだな)
 葵に生じた変化の起因するところが、自分が、“葵の名前を呼びつける”ようになったことだとすれば、彼女にはまだ、完全に誠治のものになっているという自信がなかったのかもしれない。それが、誠治に対する“執着”を生み、チームの中に対してはあくまで“受身”になっていた姿勢に繋がったのだろう。
 本来の葵は、周囲を惹きつける魅力を持った女性なのだ。実際、彼女がチームの輪に入るようになってから、“まとまり”というものを、このチームに誠治は感じるようになった。
(“大学”とか、“OB”の“悲願”とか、そういうのではない)
 二球目もまた、インコースを鋭く抉ってきたシュート回転のストレートだったが、それを誠治は、身動きひとつなく見送った。
(このチームの“みんな”と、僕は“優勝”を勝ち取りたい)
 誠治の中で、何か、大きな力が湧き上ってくる“感覚”が走った。

 キィン!

「!!」
 三球目の外角低めに投じられた直球が、やや内側にきたのを見逃さず、“神主打法”のスイングを厳かに始動させた誠治は、流れるようなベクトルの移動を、しっかりとバットの先まで伝達させ、傍目には軽く振ったように映る軌跡を残した。
「え」
 捕手の梧城寺響が、唖然とした表情をしている。
「「「えっ」」」
 それは、この野球場にいる誰もが示した、反応であった。
 誠治が軽く振り放ったスイングは、外角に投じられた直球を簡単に掬い上げるように打ち放っていて、斜角に逆らわないようにライト方向へ高々と放物線を描いたその打球は…、
 そのまま、場外へ、消えていった。
「「「………」」」
 本塁打が球場を沈黙させる、というのは、余程の事である。
 それぐらい、誠治は、あまりにも簡単に“場外本塁打”を放ったのだ。

 おおおぉぉぉぉっ!!

 ようやうにして湧き上った歓声をその身に受けながら、誠治はゆっくりとダイヤモンドを一周する。
「誠治さん、ナイス・バッティングです」
「ありがとう、葵」
 先にホームを踏み、慎ましやかながらも、笑顔を浮かべて自分を待ってくれていた葵の出迎えを受ける。
(キミがいてくれて、本当に良かった)
 彼女が差し出していた掌に、誠治は自らのそれを、優しく重ね合わせていた。


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