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かくれみの
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かくれみのの成立-1


『かくれみの』

昔話に出てくる便利アイテム。
名前の通り姿を隠してくれるそれは、物理的に姿を隠すのではなく人間の本性を隠してくれた方が今の時代にはマッチしそう。

俺はそんなかくれみのが欲しかった。


*****


朝。
いつもの登校風景。

「おはよー、春壱(はるいち)君」

校門に近づくにつれて俺に声をかける女子が増えていく。

「春壱君、今日もかわいー」

そんなふざけた事を口走った女子を睨むと

「睨まれたし!」
「かわいー」

何故か喜びやがる。
馬鹿か。

藤田春壱。
中学三年生。

小さい頃から小さかった俺は、15歳の誕生日を迎えてもやっぱり小さかった。
男子は中学校の3年間でびっくりするくらい成長するからと言われて買わされた大きめの制服は、その意味を全うすることなく役目を終えそうだ。

女子の平均以下の身長に反抗期丸出しのしかめっ面。
そんな見た目小学生がぶかぶかの学生服を着て胴体より大きいスポーツ鞄に潰されそうになりながら歩いているもんだから、とにかくからかいたくなるんだと、この前女子の集団が教えてくれた。

馬鹿にされてるとしか思えない。
馬鹿にされてるんだろうけど。


昇降口の自分の靴箱は何の因果か一番上。
毎日背伸びをして靴を履きかえるのにはいい加減慣れてきた。でもその光景を見て飽きずにキャッキャ笑う女子には日を重ねるごとに軽く殺意を覚える。
いつか急成長してこいつらを死ぬほど見下ろしてやるってちょっと前まで思ってたけど、最近はそんな希望すら持てない。

だって伸びる気配がないのだから。

あー、ほんと女子ってムカつく。
集団で人のこと馬鹿にしやがって。
一人じゃ俺なんか視界にも入れないくせに。
だから女子って嫌い。
俺のプライドを散々―――

「お前らいい加減にしろよ」

頭上から降ってくる低い声。
俺の靴箱の右隣に向かって、小さな俺に覆い被さるようにして伸びる焦げ茶色に日焼けした大きな手は、その体にマッチした大きなスリッパを取り出してスニーカーと入れ替えた。

「おはよ、春壱」
「…はよ」

助けられた感じが恥ずかしくて顔も見ずに小さく挨拶を返す。

「あんまり春壱からかうなよ。可哀想だろ」
「だって春壱君かわいいし」
「かまいたくなるって言うか―」
「だからってなぁ」

女子とそいつのやり取りにいたたまれなくなって、すり抜けるようにして足早で教室に向かった。

「春壱」

一人になりたかったのにお節介にも俺を追ってくる。

「教室まで一緒に行こうぜ」

水泳部のこいつは朝練直後のせいか、生乾きの髪からほんのり塩素の匂いがした。

「髪ぐらい乾かして来いよ」
「夏なんだからすぐ乾くよ」

正直言うと横に並ばないでほしいんだよな。

「前から思ってたんだけど、春壱ってさぁ」
「…」
「俺のこと嫌い?」
「は?」

予想外の言葉に思わず見上げてしまった。

「だってお前俺のこと避けてるし」
「…避けてないし」

避けてるけどね。

「嘘だね、俺が近づくと逃げるじゃん」
「逃げてないし」

逃げてますが。


「嘘だね、俺が―」
「お前が」

ループしそうな会話の流れを遮って、死ぬほどかっこ悪い理由を告げた。

「お前が横に来ると俺が余計に小さく見えるだろ!」

同じクラスの本田晋平。
俺より30センチも背の高いこいつは水泳で鍛えられた筋肉も手伝って実際の身長より更にでかく見える。
再び前を向いてスタスタと歩き出すと、本田もそれについてくる。

「そんな理由?」

顔を見なくても声で呆れてるのがよく分かる。

「俺には深刻な理由なんだよ」
「大人と子供みたいで?」
「ヒグマとアライグマみたいで」
「空豆と小豆みたいとか」
「海と水たまり」

立ち止まって振り向いた。

「それは言いすぎだろ」
「お前が言ったんだろ」
「そう思ってるだろ」
「思ってないって」

本田の言うとおり、こいつはそんな意地の悪いこと思ってないと思う。
俺とは真逆の理由で女子に声をかけられる、でも同性にも好かれるようなそんな奴だから。

俺が女子にからかわれてる時、他の男子は女子に絡まれる俺を羨んでいた。迷惑なんだと訴えても贅沢な悩みだって却下される。
でも本田は諫めてくれた。
困ってるからやめろって、毎度毎度懲りもせずいつも助けてくれた。

それがすごく、すごく嬉しかったんだ。

「まぁ、そんな嫌わずにさ。仲良くやろう」

そう言った本田は、まるで小さな子供にするように俺の脳天を乱暴に撫でてお先にと教室に入っていった。

あいつバカか。
嫌ってるわけないだろ。
仲良くしたいに決まってるだろ。

「…くそっ」

ざわつく心臓をシャツの上からギュッと押さえた。
横に並ばれるのが嫌なのは身長を比べられるからじゃない。本田が近づいてくると、俺が俺の知らない感覚に襲われるからだ。
体中熱くなって、心臓がゴトゴト暴れ出して、呼吸が苦しくなる。なのに、嬉しい。


立ち止まって、まだ感触の残る頭にそっと触れた。

「はぁ」

ため息が零れる。

あーあ、かっこいいなチクショウ。
手も大きくてごつくていいな。
頭触られて気持ち良かったな。

また、触ってくれないかな…


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