かくれみのの成立-3
なんだ、あいつ?
偉そうでやな奴だけど、わざわざ忠告してくれるいい奴なのか?
わけ分からん。
やっぱり女子って面倒だ。
何を考えてるのか全然理解できない。
おかげでしばらく考え事とため息が止まらなかった。
人より狭い歩幅はいつもに増して狭くなり、気づけば部活終了のチャイムが校内に鳴り響いていた。
「げ」
昇降口と運動場に溢れる生徒の群れ。
これを回避したかったのに。
朝と同様、さっさとシューズを履き替え屈強な運動部男子の隙間を縫いながら校門に向かうと
「春壱?」
よりによって本田に呼び止められた。
水泳部員は着替えてそのまま校門に直行するんだ。
しまった、裏から帰れば良かった。
「こんな時間までどうしたんだよ」
首から下げたタオルから薄い塩素の匂い。
朝は自然乾燥とか言いながら帰りはちゃんと髪拭いてんじゃん。
「ちょっと用事」
「ふうん。なら一緒に帰ろう」
「はぁ?なんで」
「だって同じ方向だろ」
「やだよ、俺一人がいいし」
「まぁたお前はそうやって俺を避ける。仲良くしようぜって」
こっちの都合なんかお構いなしで無邪気に構ってくる。
俺だってそうしたい。
何にも考えないでただの同級生として他のみんなみたいに――
「でこぼこ」
不意に聞こえてきた小さな呟き。
どこの誰かも知らない女子の高い声は、騒がしいその場でもよく通る。
その後に続いた笑い声も。
それは明らかに俺と本田に向けられたもので、声につられて近くにいた数人が自然に俺たちに目をやった。
視線は、十分痛かった。
きっと言った奴に悪気はない。俺と本田を見て思ったことをそのまま口にしただけだ。
それくらい分かってる。
こんなのは慣れてる筈なのに。
「春壱ぃ、周りなんか気にするなって」
励まそうと伸ばしてくれた大きな手を振り払った。
隣に並んだだけで笑われる体格差。
本田の傍にいたいのに、せめてただの友達として。
でもそれすら俺には―――
「春…」
震える唇をぐっとこらえて、一言だけ搾り取るように落とした。
「お前って、ほんと無神経だな」
走って、逃げた。
*****
次の日からは登校時間をずらした。
誰よりも早く登校して図書室で時間を潰したり始業のチャイムが鳴るまで教室で寝たりして、本田と関わらないように努力した。
バカみたいだけど、このぐちゃぐちゃになった胸中を守る術が他に思いつかない。
本田は悪くない。
あいつは純粋な優しさで俺を守ろうとしてくれた。
周りを気にするなって言ったのも、周りを気にしすぎな俺に対しての心からのアドバイスなのに、あの時はそれが屈辱でしかなかった。
本田への異常な気持ちと憧れ、妬み。
ただただ自分が気持ち悪い。
「今日の日直は、春壱ー?」
「…ん?」
一日中うわの空で、帰りのホームルームで先生に名前を呼ばれて初めて意識が戻された。
「帰りにこれを資料室に――」
教卓の上の教材を指した後、
「あ、お前じゃ無理だ」
失礼極まりないことを呟きやがった。
「誰か一緒に行ってやってくれ」
やばい。
こーゆう時、最初に立候補するのが本田だ。
「いや、俺一人で」
「あたし手伝います」
手を挙げたのは雨宮だった。
以外な人物の挙手に室内は軽くどよめく。
人と積極的に関わらない筈の雨宮が、自分から動くなんて。
「悪いな、じゃあ頼むわ」
そう言って先生は資料室の鍵を雨宮に渡した。
日直俺なんだから俺に渡せよ、この野郎。
鍵穴くらい届くし管理もできるっつーの。
「ほら、行くよ」
「…」
準備万端の雨宮に付いていく形で教室を出た。
本田の方は見れなかった。
渡り廊下を越えて人気のない第二校舎に着いてから、一応周りを確認して声をかけた。
「雨宮、あのさ」
言いたいことは何も決めてなかった。
ただ図書室のことがあってまだ時間がたってないのにこんな風に俺に関わってくるのが不思議で、何か話がしたかった。
「喧嘩したの?」
でも先に確信をついてきたのは雨宮の方。
「は」
「本田と」
「別に、そんなんじゃ」
「あからさまに元気無くしといてよく言うね」
「…」
普通に歩いてるであろう雨宮の歩幅に小走りでついていく。
「雨宮」
「何?」
「本田は、どうだった?」
「どうって?」
「どうって、だから…」
「本田が手を挙げる前に立候補してやった」
「へ」
「日直のお手伝いの話。仲直りの機会奪っちゃってごめんね―」
最後の棒読みのごめんねに悪かったという気持ちはゼロだろうな。
「いや、助かった」
それでいいと思えた。
「俺、ちゃんと自覚した」
「そう」
同性を好きになってしまったこと。
それなのに強烈に妬んでもいること。
「自分がおかしいのを認めたくなかっただけなんだわ」
「うん」
「誰にも、本田にもばれないようにするにはこのままが一番だと思う」
「そう」
「ありがとな」
普段反抗期丸出しの自分からは想像できないくらいの素直な言葉がスラスラ出てきた。
それも、嫌いな筈の女子という人種の前で。
俺の秘密を知ったくせに、だからってどうするわけでもなく自然に相談に乗ってくれるこいつを信頼し始めていたのかもしれない。
理由を知っても気持ち悪がらない。
からかうでもない。
ちゃんと距離も置いてくれる。
それは今まで味わったことのない心地よさだった。