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『冬に至るまで』
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『冬に至るまで』-4

しかし、その母親も、何日かすると何事もなかったかのように自分の職場へと戻っていった。
僕としても、ずっと泣かれていたのではたまったもんじゃなかったが・・・。
そんなわけで、僕も何事もなかったように再び学校へ通い始めた。
が、・・・・・・。
なんとなく、落ち着かないのだ。

(そういや、俺、何で泣いてないんだろう。)

そのことに気が付いた。
僕は、泣いていなかった。
親が死んだのに。
母親は泣いていた。妹も泣いていた。
けど、僕は泣いていなかった。
あんなにも死の重圧の在る空気の中だ。その重さに耐え切れず、涙の一つくらい落ちてもおかしくなかったのに。
その前に、僕は、悲しくも、寂しくも、なかったのだ。
あの日。
父が死んで妹をなだめた日。
僕の空気は何も変わりはしなかった。
僕は嫌に冷静でいられた。
僕の中では何も変らなかった。

(なぜだ)

多少の焦燥をもって僕は一日中そのことを考えていた。
人の死・・・人の死・・・
確か、3・4年前、僕の好きなアーティストが交通事故で死んだ時、僕はもっと悲しかったし、寂しかった。
その人のCDは全部集めていた。
その人の音楽に対する世界観にとても共感を覚えていた。
でも、その人と僕は、直接的関係は何一つなかった。
なのに何故、あの時はあんなに悲しく寂しかったのだろう。
そして何故、今、肉親たる父親の死に対して、そんな感情を持てないんだろう。
僕は悩んだ。

「部長、大丈夫?」

女性としては少し低い声が上から降ってきて、僕は我に帰った。

「もとからボーっとしているけど、その割合がこの頃、多くなってきているんじゃない?」

声の主は、クラスも部活も一緒の弥永美咲だった。

「あー。」

反論する気力もなかった。

「そうだよ。遼、熱あるんじゃない?」

僕は、肩からかけていたベースをスタンドに置いた。
近頃、そう、父親が死んだ頃から、なんとなく体がだるいのだ。
それを言うと弥永は、

「妊娠!?」

なんて面白くないギャグを飛ばしてから、おもむろに口を開いた。

「遼。この頃、ベースのノリ悪いよ。」
「そっかな。変んないだろ。」
「いや、悪いよ。」
「俺の父親死んだからそう思うんじゃね?」
「遼、卑屈になりすぎ」
「・・・そんなことより、自分のパートは出来上がってんのかよ?」

とりあえず話を逸らすと、

「私は完璧。後輩の方もかなり出来上がってきている感じ。」

得意げに弥永は答えた。
弥永は、鍵盤類のパートリーダーなのだ。


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