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『冬に至るまで』
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『冬に至るまで』-3

「本人が働きたいって言ってるんだから、僕が口出しすることじゃないと思うんだよ」

父親は穏やかな笑みを浮かべて言っていたが、僕と妹にはいい迷惑だった。

「お父さんに、言うの、私、反対する」

短く妹は言って、僕と母親の顔をじっと見た。

「自分が『あなたはガンよ』なんて言われたら、生きる気力なくなっちゃうよ」

それが妹の意見だった。
僕はそう思わなかった。
真実は、本人が知るべきである。
本当の事を知らされて生きる希望をなくすような人間に、病気と闘いながら生きる道は進めないだろう。
僕がそう主張すると

「世の中、そう割り切れるものでもないのよ」

という母親の意見によって、呆気なく却下された。
世間は多数決よりも良い解決法を、未だ見出せないでいる。
結局、「父に告知はしない」ということで会議は幕を閉じた。


父の見舞いは、殆ど僕と妹が代わる代わる行く事になった。
母は仕事が忙しいらしかった。
なんて怠惰な奴、と思ったが、それもこれも生活のためだ、と思い直した。

「本と着替え。」

僕は母親が用意した物を、入院中の父親に渡した。
父親はうん、と生返事だけしておいて本から目を離そうとしなかった。

「これ、洗濯物と、読んだ本だよね。」

紙袋を開いて見ると、またうん、と短い返事をした。

「何か読みたい本ある」

尋ねると

「聖書。」

ぶっきらぼうに父親は言った。
今思えば、父親は自分の死を予期していたのかもしれない。
父は僕の前で、自分の病気について疑いをもったような素振りは全く見せなかった。
しかし、日に日に痩せ衰えていく自分の姿を見て、何の疑問も持たなかったという事はなかっただろうに。
今となっては、父親が自分がガンであることに気付いていたか、確かめようもないが・・・。



父の初7日を終えると、僕はまた高校に通いだした。
葬式の間中、僕はただ空虚な気持ちを味わっていた。
親戚や、同僚だという人達がたくさん来ては僕と妹を可哀想がり、目頭をハンカチで押さえたりしていた。

(たくさんの人に泣かれる人だったのだろうか。)

空虚な頭はそれくらいしか考えてはくれなかったし、それよりも、そんな人達を見ていて、「何やってんだよ」という感覚があった。
母親はあいも変らず、わんわん泣いてた。
妹の方はさすがに前よりは落ち着いていたようだったが、静かに泣いていた。
僕は母親を、冷ややかな目で見ていた。
そこまで泣くのだったら、仕事なんか休んでずっと父親の傍にいればよかったのに。
そこまで泣く資格があんたにあるのか。
頭の中で色んな言葉がぐるぐる回っていた。


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