『冬に至るまで』-10
「ぼく、だから親父のことスゴク嫌いで、でも今回のコンクール、親父見に来てて『よくやった』ってさっき・・・・・・。めちゃ嬉しかったんですよ。きっと僕、これから親父のこと愛せると思うんです。」
何だかその言葉を聞いて、僕は感動したのだと思う。
僕も、親父にコンクールに来て、誉めてもらいたかったのかもしれない。
ぐりぐりと頭を撫でられたりして、やめろよ、なんて照れたりして・・・
今となっては、もうできないことだけれども。
「うん。お前、良い事言ったっ。ご褒美にキスしてやる。」
僕は酔っている勢いで、その言葉を実行した。
「・・・・・・!!」
「あーっつ!!」
キスされた伊澤はもちろん驚いたようだったが、それ以上に伊澤の斜め前に座っていた江頭の方が素っ頓狂な声をあげて吃驚していた。
証拠に江頭は立ち上がり、それと同時に彼女のコップは床に転がった。
僕は何事もなかったように、歌っている奴のマイクを取り上げて「島唄」を熱唱した。
弥永は相変わらずキャハハハハと笑っていたし、江頭は僕と同じく、何もなかったことにしようと笑っていたが、頬の端が引きつっていた。
次の日の朝、つまり今日だが、教室に入った途端に女子から
「なんで井沢君の唇を奪っちゃうわけーっ」
と散々責められた。
こう言っちゃなんだが(ってか自業自得なんだけど)、僕もそれがファーストキスだった。
冷静になると、よくあんなことをしたもんだと自分でも呆れる。
昼休み。
僕はいつものように弁当を食べるため、屋上へと向かった。
今日で3月。まだ肌寒い。
僕は缶のお茶の蓋を開け、ぼんやりと空を見ていた。
と、聞き慣れた声がすんなりと僕の耳に入ってきた。
「また一人寂しくお弁当ですか。協調性ゼロなのになんで部長なんてできちゃうかなぁ〜」
弥永はそう言うと、スカートの裾に気をつけながら僕の前に座った。
「唐揚げ食べる?」
僕は弥永を黙らせようと、食べ物でつった。次に来る話題はもう分かっていた。
僕は弁当箱をしまうと、いそいそと立ち上がり、フェンスに手をかけて、校庭の方を見下ろした。
昼飯もろくにくわずに元気良く野球なぞをしている奴等が目に入ってくる。
「遼。昨日自分のやったことなんか覚えてたりするわけ?」
「一応。」
弥永は溜息をついた。
「伊澤君、ビックリしてたわよ。うちのパートの前途ある若者を変な道に引き込まないで欲しいわねぇ。」
「ああ。でも、江頭の方が驚いてなかったか、あれ。」
「・・・・・・エガちゃんねぇ。」
苦笑いをしている。
「江頭、どうかしたのか?」
「カラオケを出た後、伊澤君を押し倒してキスしてたわよ。」
「へぇ」