『マイ・リトル・リグレット』-5
結局、一睡もできないまま月曜日の朝を迎えて、体調が優れないという理由で私は仕事を休むことにした。
知らないあいだに届いていた美帆からのメールには、『昨日はお見舞いに行けなくて、ごめん』と入っていた。
そんなの気にしなくていいのにと思いつつ、『この貸しはキャリーオーバーするからね』と私は返信した。
今度こそ冗談を言う気力も尽きた私は、ついに覚悟を決めて、初めての婦人科クリニックを訪れた。
その敷居の高さといったら、就職活動のときの面接に臨むような気分だった。
ふええん。
もう泣きそう──。
身体のあちこちが緊張のせいで凝り固まっている。
それでもどうにか受付を済ませると、座り心地の悪いベンチシートに腰掛けて、名前を呼ばれるその瞬間を待った。
何気なく視線を向けた掲示物に目を通してみれば、マタニティや小児関連のことなどがあれこれと告示されている。
まさかこんなかたちで婦人科クリニックのお世話になるなんて、と私はハンカチを口にあてて、診察の順番を待っている妊婦さんたちの大きなお腹ばかり見ていた。
「ナミノさん。波野千晃さん。三番にお入りください」
ついに来ちゃった──。
口から心臓が飛び出しそうな思いをぐっとこらえて、私は三番の部屋に入った。
もうどうにでもなれという気持ちで医師と向き合った私は、白衣を着たその人物を見た途端、ときめきにも似た特別な感情を抱いていた。
『理想の彼』とでも表現しようか、医師と呼ぶにはあまりにも恰好良く、スポーツ焼けした褐色の顔がなんとも凛々しい。
スポーツ焼けという部分は、私の勝手な想像だ。
「波野千晃さんですよね。とりあえず座りましょうか」
パソコン画面と私の顔を交互に見ながら、彼は私に椅子を勧めた。
私はずっと立ちっぱなしだったのだ。
「すいません、どうも」
「今日は、どうされましたか?」
それに答えなきゃ何も始まらないんだよね。
困ったなあ──。
「あのう、じつは……」
もじもじしている私の様子を窺って、彼はさらに距離を縮めてきた。
そんなふうに見つめられると、余計に言いづらくなる。
「あそこ……じゃなくて、なんていうか、その、中に異物が入ってしまって、取れなくなったんですけど……」
「中というと、膣の中のことですか?」
「はい……」
「それはいつからですか?」
「ええと、先週の土曜日の夜からです」
「痛みや出血とかはありませんか?」
「昨日の昼間に少し痛みがあったんですけど、今は大丈夫です」
「わかりました」
若い医師はパソコン画面を見ながらマウスを操作した。
見れば見るほど白衣の王子様に思えてしまう。
それに引き替え私ときたら、こんなつまらないことで他人に体を委ねようとしているなんて、不謹慎にもほどがある。
「それでは診ていきましょうか」
彼が放った一言が、「気持ちいいことをしてあげようか」と言ったように私には聞こえた。
マジメにムリでダメ。
このまま消えちゃいたい──。
半泣き状態でベッドみたいな台に上がると、脚を乗せるところにふくらはぎをあずけて、いるのかいないのかわからない神様に祈った。
もうしません。もうしません。
だから早く終わって──。
目隠しのカーテンを引いて、相手の行動が遮断されると、一糸纏わぬ下半身をサービスしている気分になった。
キャスターの転がる音が聞こえたので視線を向けると、女性看護師が器具を運んでくるところだった。