『フラゲに注意』-7
立地条件が悪いためか、相変わらずの存在感の薄さはまるで自分とおなじだ。
そして屋内に入った途端、俺の体温は一気に上昇した。
すぐ目の前に彼女がいたからだ。
視線と視線とが衝突した瞬間、彼女の口元が微妙に笑ったような気がした。
嬉しいときは嬉しい顔をしろよ──と自分に茶々を入れてみたが、おそらく俺の顔は無表情を決めていたことだろう。
見れば彼女は一人ではなく、誰かと話している途中だった。例の管理人ぽい人物だ。
「見つかったんならそれでいいよ」
「あたしも、家の中をちゃんと探さなかったのがいけないんです」
「こっちも信用を落とさずに済んだから、一安心さ」
「すいません」
「それはもういいから、またいつでも来なよ」
そう言って管理人は派手に笑い、彼女の二の腕をぽんとたたいた。
なんて羨ましいことをするんだ。俺だってまだ理沙には指一本触れていないというのに──。
俺は顔を逸らせて、究極の変顔で悔しがった。
不細工な面がさらに不細工になったにちがいない。
新井理沙のワンピース姿が遠ざかっていくのを見送りながら、叶わぬ恋の苦味をぐっと噛みしめる俺だった。
「お兄さん、やっぱりまた来たね」
「え?」
管理人が唐突に声をかけてきたので、俺は思わずお姉系の声を発していた。
「お兄さんが昨日持ち帰った洗濯物の中に、変な物が混じっていただろう?」
どうしてそれを──。
俺は肝を冷やした。どんなリアクションをすればいいのかわからない。
そしてふと思い出したのは、さっき彼女と管理人が話していた会話の内容だ。
見つかって良かった、とかなんとか言ってたような気がする。
それはつまり、彼女の下着は自宅にあったわけで、そうすると俺のアパートにあるアレは一体、誰の下着なのだろうか。
「見ての通り、この場所は人目につきにくくてね」
管理人がまた勝手にしゃべり出した。
「コインランドリーの前はコンビニをやっていたんだけど、ほら、この辺りは激戦区でね。萎びたコンビニじゃ儲からないと思って、仕方なくこれに変えたわけさ。そうしたら急に同業者が増え出してね。客がみんなよそに流れてくもんだから、どうにかこうにか知恵を絞ってみたよ」
この人は一体何が言いたいのか、俺はただただ首を傾げるしかなかった。
「不思議なもんで、洗濯機の中にあたしの下着を置くようになってから、男の客が一気に増えちゃってね」
ああそうですか、と俺は聞き流すことにした。
なんてったって、すぐ目の前で自前のお尻をぽりぽり掻いている管理人は、明日にでも還暦を迎えようかという熟年のおばさんなのだ。
どう考えても有り得ない。
「お兄さんは鈍感そうだから、あたしの言っている意味がわからないだろうね」
そう言ってマダムは首をすくめて、いひひと笑った。
俺のいちばん嫌いなタイプの人種だ。
ほとんど無視の状態で俺が自分の作業をやっていると、いつの間にか管理人の姿は消えていた。
鈍感だなんて、人を見た目で判断するなよな。
おばさんの言いたいことくらいわかってるよ。
昨日、俺が洗濯機をまわしながら眠っている隙に、まんまと自分のパンツを仕込んでおいたんだろう?
そうしたらあれだ。夕べ俺がお世話になったセクシーな下着は、あれは、たぶん、まさか、あんなのが、どうして、やっぱり──。
鈍感な俺はようやくすべてを理解した。
たちまち体が石化して、音もなく崩れていく。
さっさと洗濯機を買おうと俺はしみじみ思った。