『SWING UP!!』第15話-3
「草薙先輩、お願いがあります」
ミーティングの後、全体練習を始めた矢先、大和は航から声をかけられた。
「俺、草薙先輩の後を継ぎたいんです。だから…」
投手としてのトレーニングを、大和と共に積みたいと、航は考えていた。
実際のところ、今年でチームを離れることになる雄太と大和を除けば、投手経験があるのは航だけで、現行メンバーにおいてマウンドを引き継げるのは、彼しかいない。
「僕は、投手としての基本は“足腰の強さ”にあると考えている。僕の走りこみに、ついてくるんだ」
「はい!」
確かに大和は、相当な走り込みを重ねている。ウェート・トレーニングは、インナーマッスルを鍛えるメニューのみに留めて、短距離・中距離ダッシュ、長距離ランニング(ウォーキングも含む)、階段昇降等々の、地道な下半身強化を鍛錬の中心としていた。
「………」
「まだまだ、序の口だよ」
「は、はい!」
早速とばかりに、短距離・中距離ダッシュを共に始めた二人だが、一時間もすると、大和が涼しい顔をしているのに対して、航は大きく肩で息をしていた。
「うぶっ……」
そして、さらに数本のダッシュを続けると、航は急に胸のむかつきを覚えて、口元を押さえながら、脇の草むらにおもむろに駆け込んだ。
「ぐおぇっ……!!」
嘔吐の嗚咽が、響いた。無酸素運動の連続に伴う、体の反応であった。
「………」
大和は、そんな航の背中を追うことはせず、淡々と己のメニューをこなし続けた。内心では背中をさすってやりたいと思いながら、しかし、自分の後を引き継げる投手を目指そうという彼の決意と、そのプライドを考えれば、手は差し伸べていけないと、敢えて冷徹であることに努めた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ひとしきり、腹の中を空っぽにした航は、再び、ダッシュのメニューに戻ると、足元をよろけさせながら、必死に大和の動きについていった。たとえ、無様な姿であろうと、大和のこなすダッシュの回数を完遂させるまでは、航は足を止めないつもりだった。
「よし、ここまで」
「………!」
その声と同時に、航はもう一度、草むらによろめきながら駆け込むと、嘔吐の声を響かせていた。
(航……)
そんな二人の光景は、結花の目にも映っている。航が激しく吐き戻す声も、何度となく耳に届いていた。
「片瀬! 余所見をしている暇はないぞ!」
「は、はい! すみません、岡崎センパイ!」
ノッカーである岡崎の叱声を受けて、結花は手にしていたキャッチャーミットを、自ら強く鳴らした。ご覧のとおり、結花は今、“キャッチャー”としてノックを受けている最中である。
結花が“リスク・マネジメント”として捕手の練習を重ねるようになった中で、やはり、一番の課題は“ミットでの捕球”に慣れることであった。ミットの扱いは、キャッチャーとして求められる技術の基本であり、それを習得することは何においても先行する。
「いくぞ!」
吉川がよく受けている“ハードノック”が始まった。岡崎は、相手が女子だと言う遠慮もなく、矢継ぎ早に至近距離からの強烈な打球を、結花に対して放ち続けた。
「ぐぁっ!」
ショートバウンドの打球を捕りそこね、マスク越しとはいえ、何度も顔面に受けてしまう。
「うぐっ!」
ノーバウンドの強烈な打球を、ミットで追いきれず、プロテクター越しとはいえ、腹に直撃を何度も浴びた。
「………!」
それでも結花は、決して打球を後ろに逸らさなかった。それは、捕手として一番求められることでもある。どのような形であろうと、全てを逸らすことなく受け止めてくれる捕手は、それだけで、信頼感を得ることができる。
「よし、これまで!」
「ハァ、ハァ、ハァ」
連続で二回、合計にして百球にも到達するハードノックを終えた結花は、その場に突っ伏して、荒い呼吸をたてていた。
「蓬莱、介抱してやってくれるか」
「はい」
フリー打撃の捕手役を終えて、途中からその様子を見守っていた桜子は、突っ伏したままの結花に近寄ると、その肩を抱き上げるように、上体を起こした。
「結花ちゃん、大丈夫?」
「へ、へーきです…。わたし、ぜったい、桜子センパイみたいに、なるんだから……」
「結花ちゃん…」
女子の中では大きな方でも、チームの中では一番小柄な結花だ。しかし、その身体に詰まっている覇気とガッツは、計り知れないものがある。
(なれるよ、絶対。結花ちゃんなら、あたしを、きっと越えられるよ)
声に出して言わないが、桜子はそんな確信があった。