デネブの館-27
小高い丘の上だった。
途中、わずかに降ったにわか雨があがり、今はすっかりと青空である。
柔らかな風が吹き、緑の芝生が水を吸って美しく映えている。
丘の上からは、海が見えた。
アイが、花を供えて、静かに祈っている。
デネブは、そこに眠っていた。
「いい所、だな」
「そうね、本当に――」
しばらく、静かな時が流れた。潮騒が、微かに聞こえてくる。
アイは、デネブのことをゆっくりと語りはじめた。
彼女も、一度礼を言うために、デネブを探したのだという。
そして、どこをどう探しても見つけることが出来なかった。
数年かけて、占い師という占い師を訪ね歩きながら、ようやくここにたどり着いたのだ。
「デネブは、いつ?」
「わたしが、彼女に占いをしてもらって、間もなく――」
デネブは、難しい病を得ていた。
デネブはアイを占った時には既に余命が無かったのだそうだ。
最期まで占い師として、天命を全うした。そういうことらしい。
占い師の中では伝説的な存在のようで、軽々に彼女の名を口にしない占い師が多くいるのだという。
顔の濃いメイクは、あるいは病状を隠すためにしていたのかもしれない。
俺は、ふとそんなことを思った。
「自分の余命が僅かな時に、他人を励ますなんてことが、何故出来るのかしら?」
アイはポツリと呟いた。
アイの問いは俺への問いではなく、自らへの問いであると思えた。
アイが占い師たらんとする原点が、そこにあるのだ。
何度か墓参をしたアイは、そこでデネブの遺族と会い、受け取ったものがあった。
タロットカードだ。あなたに使って欲しいと、老婦人から頂いたものだと言った。
アイの使うタロットカードは、デネブのものだったのである。
俺が、あの居酒屋の横で見た――いや、あの不思議な世界で見たものと同じだ。
デネブが俺の前に現れたことは、まだアイには話していなかった。
俺にとっても不思議すぎて、どう話せばよいのか整理出来ていないのである。
でも、いつか話そう。もう少し、彼女との絆が深まり、次の段階に入るその時に――
「なあ、タロットカード、持っているか?」
「ええ。何をするの?」
「カード、ここで引いてみたいんだ」
「いいけど、カードを並べる場所が無いわ」
「いいさ。ババ抜きみたいにさ。それでいいんだ」
アイは二十二枚のカードをシャッフルして、扇のように広げて俺に差し出す。
俺は、躊躇わずに、真ん中のカードを引いた。
それは――――恋人のカード。
『悪魔と恋人のカードは表裏一体――フフ、わたしの、言った通りでしょう?』
デネブが、どこかで笑っているような気がした。
俺はそのカードを感慨深く眺めていると、アイは嬉しそうに指をさした。
「ほら、あそこ見てよ! すごく、きれい」
子供のように喜ぶアイの指の先には、うっすらと虹がかかっていた。
俺はそんなアイに寄り添い、虹を見つめた。
アイが手を握ってきた。俺も、強く握り返す。
しばらくの間、何も言わずにただふたりで虹を眺め続けた。
−完−