デネブの館-21
あれから、数日。
もしかすると、アイは帰って来ないのではないか。
先日、一人でアイの作った夕食を食べながら、俺はまたもやそう考えたものだ。
今度は金があるのだ。そのままアイが消えても仕方ないように思えたのだが――
やはり何事もなかったように、アイは戻ってきた。
あまりに何事もなさすぎて、拍子抜けするほどだ。これが女は強い、ということなのか。
自分が思い悩んでいたことが阿呆らしく思えさえする。
しかし、ほんの少しアイの様子が違っていた。
何か疲れているのだ。精神的に疲れている、そんな気配を見せていた。
俺は自分の気持ちをアイに伝える機会を探っていたが、当人がそういう状態であるのとやはり時間帯が合わないこともあり、なかなか伝えられずにいた。
そして、土曜日。
もっとも繁盛する日に、アイは仕事に出ることは無かった。
俺が仕事から帰ってきた時に、アイが部屋に残っていたのだ。
そして、さも当然のように俺にこう言った。
「おかえりなさい。夕食の支度は出来ているから」
日曜日以外に、アイが仕事に行かないことはなかったので、俺は戸惑った。
「どうしたんだ。今日は、仕事だろう?」
「あのね、わたし、占い師辞めるわ」
「――辞める? 辞めるって、テレビに出て上手くいってるんじゃないのか?」
「――――」
「それに、辞めてこれからどうするんだ?」
「――ここに居たら、駄目かしら。当面の家賃はここにあるわ。あとはパートでも何でもして、払うから」
俺の前に差し出された封筒の中には、おそらく五十万近くはあるように思えた。
しかし、それよりアイの体が震えていた。涙をこらえているように見えた。
アイが、深刻に思い悩んでいる。俺は、何か大きな衝撃を受けた。
俺が悩んでいたように、アイもやはり悩みを抱えていたのだ。
体ばかりで、自分のことを何も見てくれない。アイは以前俺にそういうことを言った。
まったくその通りだと痛感した。これでは、彼女と上手くいくはずがない。
しかし、今は俺がしっかりしなければ。俺が、支えてやらなければ。