デネブの館-20
モヤモヤしていた心が、妙にすっきりしている。
だが、恐ろしく頭痛がひどい。
辛うじて職場に電話をして、嫌味を言われながらも一日休みをとることができた。
月曜の朝。俺は何故まだ居酒屋に居るのか。
しばらくすると、仕入れから戻ってきた店主が呆れたような顔をして俺を見やった。
飲み過ぎて、ずっと寝ていたのだという。
馬鹿な。寝ていたら、占いなど出来ないだろう。
店の隣に、黒尽くめの占い師が時々来るのではないかと聞いた。
店主は肩をすくめた。どうやっても起きないから、仕入れに出たのだと言った。
まだ勘定さえ済ませていないらしい。馬鹿な。――――夢を、見たのか?
しかし、あの心が澄むような香りを覚えていた。
悪魔のカードを引いたことも、はっきり覚えている。
何かうなされているようではあったと店主が口にする。
俺はようやく勘定を済ませると、店主に詫びを入れて、店を出た。
アイにどんな顔をして会おうか。
店を出たあとはそればかり考えた。随分ひどいことをしたと今にして思う。
『自分の気持ちを伝えていますか?』
あの魔女は俺にそう言った。いつの間にか、アイのことを好きになっていた。
気づかぬふりをしていた。
気持ちを伝えて、アイとの関係が壊れて彼女が去っていくのが怖かったのだ。
魔女の言う俺の心の状態とは、そういう弱い気持ちを指すのだろう。
それこそが、『悪魔』の正体なのだ。
告げなければならない。それで、駄目ならしょうがない。
だが、もしそうなっても、もう少しアイは俺の部屋には居たほうがいいだろう。
十万ぽっちでは、引越しも出来ないだろうから。
気持ちがすっきりして、冷静になれていた。
様々なことを考えながら、歩いて帰っていると、夕焼け空が見えている。
部屋に帰ると、アイはいなかった。
だが、テーブルに夕食と、『おかえりなさい』と書いた置き手紙が添えてあった。
随分長い間、アイに会っていないように思えた。
俺は、用意されていた夕食を口にする。
「――美味いな」
誰もいない俺の部屋で、思わず呟いた。
思わず胸が熱くなった。味付けは、ほんの少ししょっぱいような、そんな気がした。