デネブの館-17
あてどもなく街を彷徨い、結局夜になった。
もう夕食には間に合わない。自分の家だというのに、戻る気がしなかった。
適当な居酒屋に入り、浴びるほど酒を飲んだ。
アイのことは、全て夢だったのだ。彼女は、早晩去っていくだろう。
忘れられるものなら、忘れたほうがいい。
頭は朦朧になったが、忘れられなかった。酒の味など、分かりはしない。
そのうちもう飲み過ぎだと店員から止められた。
ポケットにはアイの家賃とやらが入っていたが、それを使う気はしない。
辛うじて自分の財布を取り出すと、会計を済ませて俺は居酒屋を出た。
居酒屋を出ると、その脇の一角に見覚えのある看板が目に入った。
その看板を朦朧とする頭で目を凝らしてみると、思わず俺は仰天した。
『デネブの館』と書いてあるのだ。横にギョロ目の黒猫のイラストもあった。
これは、アイの店ではないのか――――何故、こんなところにアイが!?
しかし黒いしっかりした上質の木材で覆われたその一角は、アイの店とは違って、妖しさと品格を持った不思議な雰囲気を醸し出している。
居酒屋の隣にこんな店、あったか……? まるで見覚えが無い。
どこか心が落ち着くような香りが漂っているのも、また不思議だった。
アイの炊いているアロマオイルとは、また何か違った玄妙な香りである。
俺はその香りに誘われるように、その中に入っていった。