想いを言葉にかえられなくても《冬の旅‐春の夢》-9
「……そうだ。コンタクト持ってるか?」
「あ…はい。一応…。」
昨日着けたコンタクトはポーチの中。
「それ着けて、そこのコンビニな。十五分くらい経ってから行くから」
「はい」
ドキドキする。人との待ち合わせがこんなに楽しみなんて。コンビニに行くのがこんなに嬉しいなんて。でもなんでコンタクトなんだろう。そんなに別人に見えるのかな?
別々に階段を降り、私はコンビニに向かった。
………………
生まれて初めてのデートは彼の部屋だった。つまり、行くあてが無くて…何処に行っても二人の秘密がばれてしまう危険性があったから。当然の話だ。
彼の部屋は、ちょっと高級そうなマンション。確かに印税で不自由が無いのがよく解る。3LDK…くらいかな?一人暮らしなのに無駄に広い。
「珈琲飲むだろう?」
ドリップマシーンにエスプレッソマシーン。珈琲が好きなんだ…しかもかなり通みたい。私はカウンター式テーブルの席に着き彼を見つめた。
「なんでコンタクト着けなくちゃいけなかったんですか?」
疑問に思ってた事を口にする。珈琲を注ぎながら彼は答える。
「自分じゃ気付かないのか?眼鏡の有る無しで全然違うぞ。」
「はぁ。」
眼鏡のしてない方が好みなのか。似合って無いのかなぁ…眼鏡。
「はい、熱いから」
差し出された珈琲は良い香りがした。彼は私の右隣りに腰を降ろした。
そうだ…
「あの、私は先生を何と呼べばいいですか?」
ずっと気になっていた。今更、先生と呼ぶのもどうかと思うし。
「そうだな…って、俺の下の名前知らないのか?」
「はあ。先生とは面識無かったものですから」
「その先生って言うの止めてくれる?……そうだよな…知らないのか…」
珈琲を飲みながら渋い顔をしてる。フルネームを知らなかった事が、そんなにショックだったのだろうか。
「俺はリュウジ。龍奏の龍に、漢数字の二。龍二。わかった?」
「じゃあ、呼び方は…龍二さん?」
「…それもイマイチ。……そうだな…龍二でいい。そう呼んで」
「7つも年上なのにですか…?」
「あれ、そんなに離れてたのか。構わない。俺が決めたんだから」
グイッと肩を抱き、唇を近付けた。薄目を開けて彼の顔を見る。二度目のキス。きっちり目を閉じて、キスをしている彼がなんだか幼く見えた。
「な、眼鏡が無い方がキス、しやすいだろ…?」
「無い方がお好みですか?」
その方が好みなら、眼鏡を止めてしまうのも構わない。
「…どっちもいい。高橋紫乃が高橋紫乃であるなら、どっちでも。外見に惚れてる訳じゃない。…お前もそうだろ?」
え…?今、惚れてるって言った…?
「せんせ…」
「龍二だ。」
唇を塞がれてまともに息も出来ない。舌が絡まる。珈琲のほろ苦い味。キスが甘いなんて…嘘
「……っは、……なぁ。紫乃。」
ファーストネームを呼ばれて胸が高鳴る。いつの間にか、眼鏡を外している。裸眼が妙に色っぽい。男の人にそう言うのも少し変だけど。
「紫乃、抱いても良いか?」
ストレート。ど真ん中、という所だろうか。表情で訴えている。私を欲してる。篭崎龍奏でもなく、山形先生でもない。山形龍二が……
「……私、も…欲しい」
誰でもない、龍二が欲しい。
「ああ、全部やるよ。痛みと引換に、これ以上無い程の快楽と幸福をな」
言い終わるより早く唇が重なり、チャックが音を立てて下ろされた。