想いを言葉にかえられなくても《冬の旅‐春の夢》-7
憧れが恋に変わった…もう止められない……。
「俺の本を教科書と一緒に抱えて移動してるだろ。廊下で擦れ違った時、驚いた。まぐれかと思ったら、新書が出る度に、学校に持って来て読んでるのを見掛けた。必ず図書館の右端で。」
見詰めて話すから目が逸らせない。珈琲は掌の中で冷たくなっている。「注意して見ているうちに、うちの部長の友達だと言う事に気付いて…」
「千鶴に聞いたんですか!?」
「いや、名前とかだ。何も知らないからな」
胸を撫で下ろす。千鶴は勘が良いから…。
「いつの間にか、追いかけて見てるうちに…話をしたくなった。同じ学校にいるのに変な話だろ。呼び出そうと思っても話す話題がないし。正体をばらしても、信じてくれる女じゃ、なさそうだったしな。だからだ…」 私の掌に収まっている珈琲カップを、スッと取って脇に置いた。目が離せない。心臓が五月蠅い。
「出たくも無いテレビの取材に応じてみた。知り合いに見つかるかもしれないリスクは高かったけど」
唇が近付いて来る。ダメ…話に集中出来ない…唇……少し荒れてる…あ、あ…っっ…!
「やっと捕まえた」
ふっくらした唇だった。初めてのキス。少し荒れててザラっとしたけど…もっと触れたい…そう思う。
目を細めて満足そうな顔。また近付く唇。唇が私の唇を食べようと動いている。舌で歯をノックされ、驚いて思わず目を開けて表情を伺った。
「…キス出来ないだろ。口開けないと。」
え…キスって口開けてするの?恐る恐る口を開くと隙間から舌が入って来た。
舌が触れ合った瞬間、ビクッと引っ込めてしまった。だって生暖かくて…普通触れ合わないところだし。
だけど彼の舌はためらいもせず、上顎や歯列をなぞる。むず痒い様な感覚に声が漏れる。
「んふっ…う……っんぅ…」
唾液も混ざり合い、舌はついに捕まった。根元に絡まり息も出来ない。溺れてく、目の前が霞んで…
「…っは、おい?大丈夫か?」
クタッとしている私を支えてくれている。
「キス気持ち良かった?」
「……わかんない…。は、初めて…だったし」
彼は目を見開いて見詰める。そうだろう、二十歳でキスもした事がないのはオールド・ミスの様なものだ。顔がほてる。さっきの余韻と恥ずかしさで。
「可愛いんだな。」
「え?」
「昨日の格好、あれには驚いた。でも、今は昨日より可愛い。」
「そんな…ことない…」
髪を撫でる。ポニーテールの毛先を摘んで。
「化粧っ気もなく、眼鏡で真っ黒な頭。流行なんてサッパリ解らない。おまけに身体も貧相だ。」
彼の私に対する批評だ。まぁ、その通りなのだから仕方がない。ちょっとグサッとくるけど。篭崎龍奏はニヤニヤ笑っているから。半分冗談なんだろうな…
「冷静な女だな。そう言う所も、全部ひっくるめて高橋紫乃なんだろうな。初めて話して、やっと気付くなんてな。」
篭崎龍奏は名残惜しそうに、軽いキスを一度して身体を離した。この人は…私を好きなのだろうか。キスをするのは意味が在るのか…無いのか。表情が読み取れない。七つも上の余裕、が感じられる。
「どこにする?」
「え?」
「だから、デートだろ?場所決めておけよ。」
ああ、もし解ったら…の約束の事か。デート…
「恋愛初心者なんで解りません。」
キスも初めてだったし隠しても仕方ない事。デートもした事が無い。決められないもの当然の摂理。
「…へぇ。なるほど」
鼻で笑われるかと思ったけど、なんだか関心されてしまったみたいだ。
「じゃ、俺が適当に決めるか。では高橋紫乃さん、私は四時限目の準備がありますので。」
柔和な仮面。山形先生だ…。物腰も柔らか。パソコンを操作して、どうやらプリントを作成している様子。
帰るのも何だし…下げた珈琲カップを洗ってしまうか。立上がり、カチャカチャと音を立てて水道に向かう。
「悪いな。」
「いえ、暇ですから。」
布巾で拭いて伏せて置く。これだけの作業。言う間も無く、また暇になってしまった。