無形の愛<加奈の事情>-1
「……ごめんなさい 私、いま好きな人がいるんです」
会社の同僚から告白された。今月に入って二度目の出来事だ。
いつものように誠意を込めて謝罪するも、この人もまたどこか腑に落ちない様子。
(せめてお付き合いしてる人がいると言えたらな……)
龍二さんと出会って三ヶ月が経ったある秋の日の夕暮れ。
いまだ私たちの関係は黒の他人のままだ。
先日、友達に『友達の話なんだけど……』なんてそれとなく相談してみたけれど、
案の定、『それってセフレじゃん』なんて笑い飛ばされてしまった。
わかってる。なんとなく自分でもそんな気はしていた。
だって、会えば絶対と言っていいほどに私たちはセックスばかりしているから。
でも、例えば彼氏彼女として付き合っていたらどうなんだろう?
他人に『私たちお付き合いしています』と公言出来るだけで、
結局は会うたび身体を合わせているのじゃないかと思えてならない。
別に形が欲しいわけじゃない。
彼女だなんて保証も肩書きも望んでなどいない。
そりゃセックスだけでなく、ご飯食べに行ったり映画行ったり、
恋人同士を演じてみたい時もあるにはあるけれど、
そんな他愛も無いことくらいなら、
きっとひとこと言うだけで、龍二さんならすぐにでも実現してくれそうな気がする。
大好きな人に抱かれる喜び。
最初はそれだけで本当に満足だった。
もちろん今もそれは変わらない。
けれど、数を重ねるうちに私は、愚かにも救えない欲が出てきてしまったのだ。
(龍二さんは私のこと…… どう想っているのだろう?)
自分に正直なひとだから、嫌いなら嫌いと態度で示してくれるだろう。
でも、誰よりも優しいひとだから、私を傷付けまいとしているのかもしれない。
ひとの感情なんて思うように出来ないことくらいわかっているのに、
考えれば考えるほど悩ましくて憂鬱になる。
嘘でもいい、ただひとこと『好き』と言ってもらえないだろうか?
そうすれば私は、手放しですべてを受け止める覚悟はとうに出来ているのに。
ぼんやりとそんなことを考えながら家へと帰り着くと、
窮屈なスーツを脱ぎ捨て、下着姿のままゴロリとベッドに転がった。
龍二さんは今頃なにをしているんだろう。
お仕事かな?それとも飲み会?
ひょっとすると私の知らない誰かを抱いているのかな?
枕を抱き締めたまま、無意識に大きな溜息がでた。
そんなこと有るわけない!なんて思えないのが辛い。
信じるとか信じないとかの問題じゃない。
恋人でもない、黒い他人である私に、
それを責めたり咎めたりする権利はないのだ。
「…………龍二さん」
誰もいない部屋でひとり、小声で彼の名をつぶやく私。
昨日抱いてもらったばかりなのに、まるで何年も会ってないよな気分。
気がつくと私はまるで寂しさを紛らわすように、
いつの間にか右手で股間をまさぐっていた。