『graduation〜白い花〜』-1
俺は今日、卒業する。
「真田雪見」
壇上で、成績優秀者の名前が呼ばれる。
久しぶりに聞いた彼女のフルネームを噛み締める。
「都築一」
自分の名が呼ばれた。最多単位拾得者らしい。
成績はよくないが、一番単位を多くとった人間に与えられる称号。
「広く浅くの都築にはよく似合うんじゃない?」
随分前の方に座っている雪見の声が聞こえてきそうで、俺は下を向いた。
雪見と初めて会ったのは、サークルだった。
俺は雪見よりも少し遅れてそのサークルに入ったのだが、当時から彼女の周りには男がうじゃうじゃいた。
美人の部類に入るのに気取らず、明るく会話の巧い雪見に男が集まらないわけがなかった。
だから初めは敬遠した。近づくことに。
けれど気になっていた。
どこかで分かっていたのかもしれない。
鏡のような存在だと。
だから、簡単に恋に落ちた。
サークルの合宿の夜中、と言ってももう朝方近くだった。
トイレに行くと小さな音が、トイレの前にある昨日飲み明かした広場のような部屋から聞こえてきた。
小さな、小さな音。
耳を澄まさなければ聞こえない。
そっと、その部屋を覗くと、雪見だった。
ペダルで音を小さくして、一心不乱にピアノを弾いていた。
網目の粗い音だった。
けれども瞬間的に思った。
あぁ俺、このピアノ、好きだ。
いきなり、ピアノの音が止まった。
「都築君?」
雪見が振り返り、俺を見た。
俺はペコっと頭を下げると、回れ右をして、部屋に戻って、布団に体を預け丸まった。
俺は合宿から帰ってきて、その曲を探した。
地元の図書館で、クラッシックのCDを片っ端から借りてきて。
その曲は有名な曲ですぐに見つかった。
『子犬のワルツ』
可愛い名前の曲。
でも、彼女はなんで、あんなに暗くいい加減にこのピアノを弾いていたのだろう。