サヨナラの果て-1
◇
「あいたた……」
筋肉痛であちこち痛む身体にムチを打って、あたしはなんとか自分の席についた。
目の前の会議用テーブルに突っ伏して、腰の辺りをトントン叩く自分の姿はさぞかし間抜けなんだろう、と苦笑いになりながら。
「福原さん、調子悪いの?」
そう言って隣に座るのは、同じゼミの吉川くん。
彼はテーブルの上に水色のクリアケースを置くと、外の熱気で汗をかいた身体を手うちわでパタパタ扇いでいた。
そんな様子を見てるとなんだかあたしもつられてしまい、突っ伏した身体をムクッと起こして、手をパタパタさせながら、
「ううん、大丈夫」
とだけ答えた。
吉川くんはちょっとぽっちゃりしているから、人よりも暑さに敏感なのだろう。
だからエアコンの効いたこの教室でも、パタパタ手うちわで扇ぐのは当然のこと。
じゃあ、なんで汗もかいてない、エアコンの効いたこの教室に早くからいたから特別暑いわけでもないあたしまで手うちわで自分を扇いでいるか。
「あ、福原さん。もしかしてソレ……」
不意に声をあげた吉川くんに、ビクッと身体が強張ってしまった。
そして、一気にダアッと汗が噴き出してくる。
軽音サークルでギターボーカルを務めている彼の声は、ハキハキ聞きとりやすくて、無駄に地声までデカイのだ。
おそるおそる吉川くんの方を見ると、彼は目をまるで三日月みたいに細めている。
その視線の先はあたしの胸元。
ニヤニヤした吉川くんはスウッと息を吸いこんでから、そっと口を開いた。
「キスマ……」
やっぱり!!
あたしは慌てて途中まで言いかけた彼の口に、ビタンと手のひらを叩きつけてそのまま押さえつけた。
生温かい彼の鼻息が右手にかかり、フガフガ暴れ出す。
苦しそうにする吉川くんを見て、あたしはようやく彼の口から手を離した。
「吉川くん、声が大きいよ」
ジロッと彼を睨むと、吉川くんはモミジの跡がついた口の周りをソッと摩りながらこちらを涙目で見た。
「ゴ、ゴメン……。でもさ、あまりに目立つんだもん」
……やっぱり隠しきれなかったか。
あたしは、相変わらず手をパタパタさせたまま、襟元をつまんでチラリと昨日の愛し合った痕を一瞥した。